第26話 D-2 廃街にて

 ログアウトし、時計をみると1時を指していた。ノエルに寝ろと言われても仕方のない時間だ。

 私はBCIGの電源をきると慌ててベッドへと駆け込む。

 寝なきゃ。今日こそ早くねて………。











 眠れない……


 


 もし自分がノエルの立場だったら、怖くてたまらない。


 本来存在すべきNPCではなかった……という理由だけで消されるかもしれないのだ。


 存在すべきじゃない……か。やばい……昔の感覚に引きずられそう。


 孤立、孤独、存在の否定……生きているのに、世界の彩りが少しずつ消えていくあの感覚。ノエルも感じるのだろうか。彼は高度な知性と感性を持ってるとはいえ、AIで、常に効率が優先で……でもそれは私が円滑にゲームできるためで。結局は私の事が優先で……。



 ダメだ!!


 やっぱりもう一度ログインしよう。ギリギリまで傍にいたい。私なんかがいたって、何の解決も出来ない、ただの自己満足に過ぎないってわかってるけど、一人にさせたくない。



 一人は駄目なんだよ。


 


 睡魔で重くなった体をなんとか起こし、BCIGの電源のスイッチを押したら、起動と同時に軽くめまいがきた。


 貧血か、脳に干渉する機械だから負担が強いのかもしれない。


 まずい……さすがに連日睡眠不足だと、座りながらでも辛い。


 ──そうだ、せめて寝っ転がりながらやろう。すこしは、体の負担が軽くなるかも。


 ベッドに横たわりながら、私はBCIGを装着してみた。

 

 大丈夫──みたい。寝っ転がっても、BCIGの機械音も起動画面も正常だ。




「ノエル……すぐ、い……く、から」


───────────────────────────────────

─────────────────────

──────────────

──────────────

──────────────

───────

───────







 「え? あれ、ここどこ?」


 確か、私は……グノームの村でログアウトして、初期位置がここに訂正されたよね。


 なのに……



 私が立っていた場所は、治安の悪そうなどこかの夜の下町のようだ。ほのぼのとしたあの村とは違い、殺伐とした空気が漂っている。


 えぇーーーーどうしよう。ノエル? ノエルはどこに。


 ノエルやルーちゃんにウィスパーボイスを飛ばしてみたが全く反応がない。


 ルーちゃんは寝ちゃったからかもしれないけれど、ノエルはどうして? 待機してるって言ってたよね。それとも前のように、どこかで眠っているのだろうか。

 

 他のプレイヤーに会って、此処が何処かききたくても、狭い通路の一角だからか、辺りを見渡してもだれもいない。


 とにかく、開けた所に出ないと。


 ばちばちと消えたりついたりする街灯のわずかな明かりを頼りに、私は慎重に歩みを進めた。足元に、ゴミや、ひん曲がった武器などが転がっていて歩きづらいからだ。どこかに街の配置図がないか探してみたが見当たらず、あるのは落書きや、血糊のような跡ぐらい。明かり灯った店や建物などはなく、NPCすら配置されていない。


 

 怖い。早く誰かいる所までたどり着きたい。



 しばらく進むと、どこかで剣をぶつけあうような金属音が耳に響いた。


 もしかして誰か戦ってる? 廃墟と化した街ではあったけれど、ダンジョンではないと思っていたのに。


 恐る恐る音の聞えたほうへと向かうと、なにやら黒い物体が目の前を横切った。あの時夢で逢ったロボットだ。忍者がきているような軽装な鎧をまとっているし間違いない。



──でも、どうしてロボットがここに?……あれは夢じゃなかったの?


 それとも、すでに夢の中なのかな?


 気になって後を追いかけたら、ロボットが武装した複数のプレイヤーに囲まれていた。


 これはPK現場ってやつ?


 あれ……そうういえば確か、ロボットがPKしてキャラクターをデリートするって書き込みをみたような。まさかその現場? でも見た限り、ロボットは戦闘態勢をとってない。むしろ、プレイヤーが一方的にロボットを攻撃しそうな雰囲気で、ロボットのほうがPKされそうにみえる。


 私は巻き込まれないよう、ロボットから死角となる位置でそっと様子を窺った。


 仲裁すべきかもしれないが、レベル1で、かつ戦闘経験もない私がPKを止めれるとは思えない。むしろ邪魔だ。まずは様子をみて、本当にPKの現場のようだったら誰か呼びに行こう。もし単なる戦闘練習とかだったらいけないし、勘違いだったら大迷惑だ。


 ロボットはプレイヤー達を指さし、何かを警告しているようだけどはっきりとは聞き取れない。ただ、ロボットの言葉に反応した複数のプレイヤーは、彼の言葉に激高したようだ。ロボットは、やれやれといった態度で首を振ると、銃のような武器を取り出した──瞬時にプレイヤーたちの緊張が高まる。


 幻想科学世界、ロボット、そして、銃。


 間違いない。書き込みにあったロボットだ。


 なら、このままだとプレイヤー達はPKされるって事? そして、その後キャラごとデリートされるというのが本当なら……。



 デリート。


 彼らにも……私と同じようにアシストNPCがいるはず。マスターがいなくなったら、彼らは自動的に消えてしまうって事になる。



 私の脳裏に、一瞬、ノエルの不安そうな顔がよぎる。


「──っ駄目! ダメだよ!」


 気が付いたら大声をだして、私はロボットとプレイヤーの間に飛び出てしまっていた。

 ロボットは、突然出てきた私の姿を見て、驚き────その隙を付いたかのようにプレイヤー達がロボットに飛び掛かる。プレイヤー達は、目の前の私など存在しないかのように刀身を勢いよく振り落としてきた。



 ──切られるっ


 そう思った瞬間、視界が、瞬時に高い位置へと移動する。


 ロボットが私の背中にあるワンピースのリボンをつかんでジャンプしたのだ。


 あれ? もしかして助けて……くれたの? でもなんで?



「──きみは!?……ちっ、離れていろ!」


 ロボットは機械のような音声で呟くと着地と同時に、私をポイっと放り投げ戦闘を再開しだした。

 ゴミだめのようなところに投げられ、痛みはなかったけれど、お尻に振動がはしり「ふぎゃっ」と変な声がでる。


 私がお尻事情で、うーうー言ってる間にも彼らの戦闘は続き、銃声と金属音が鳴り響いていた。

 ロボットは、複数から攻撃を受けながらも彼らの剣をかわしつつ、銃で迎撃している。軽快な動きには無駄がなく、思わず見とれてしまうほどだ。しかし、ロボットの拳銃は一度発砲した後は、ある程度時間がたたないと次が出せないようで、人数差もあり次第に押され始めている。


 どうしよう。 誰か助けを呼んだほうがいいのかな。もしロボットがPKキャラだとしても複数で一方的に攻撃ってのは酷い。しかも攻撃してきたのはむこうからだ。あれ、じゃあ、悪いロボットじゃないってこと?


 なら止めなきゃ。


 そう思った時、銃声の音を聞いたからか、複数のプレイヤーが集まってきた。よかった、彼らに話して、喧嘩しないようにって止めてもらったらいい。


 私は、集まってきたプレイヤーたちのほうに駆け寄った。

「あの! 喧嘩になったみたいで。その、止めてほし──


 集まってきたプレイヤー達の目の前で話したのに、誰も私のほうへと視線を向けることなく通り過ぎていく。聞くつもりがないにしても、全く反応はないのはおかしい。もしかして私の姿が見えてない?

 

 でも、この喧嘩をとめにきてくれたのならと、振り向くと彼らは先程のプレイヤーたちに混ざってロボットを攻撃し始めていた。


 さすがのロボットも人数の差に負け、両腕を抑えられ………いくつもの剣によって体を貫かれる。


 串刺しになったロボットは、膝をつき倒れ、その上をプレイヤーたちが踏みつけていた。彼らはロボットに何かを言って大笑いしている。何を言ってるのかわからないけれど、汚い言葉で罵倒している事は、何故かわかった。


「やめて!!! こんな大人数で攻撃して踏みつけて恥ずかしくないの!!」


 私は大声で怒鳴りつけたが、誰も私の言葉に反応しない。気が付いたら私は泣いていた。どうしてわかってくれないんだ? っといった感情が心を締め付ける。呼吸が苦しくなって、耳なりのような音が鳴り響き、頭がガンガンしてきて、目が開けられなくなり、私は蹲った。




 やがて足元がぐらぐらと揺れる。ルーちゃんが移動の札を使った時と同じ感覚だ。


「愚かなる子羊ヨ。神より与えられた試練ヲ乗り越える前に、力尽きるとはナサケナイ」



 どこかで聞いたことがある声が聞こえて、私は声の聞えた方向に目を向けたが、視界が真っ暗だ。四方を壁のようなものに囲まれてる。どうやら、箱の中に寝っ転がった状態で入れられているようだ。


 この声は……セレナーデさん? だとすると……これって棺桶の中? 私、死んだの? 


 慌てて起き上がり、重厚があるわりには、重さを感じない天井の蓋を開けた。

 棺桶の傍には、セレナーデさんと髪と瞳の色が違う女性が立っていた。同じタイプの違うNPCといった所だろうか。外は思った通り、礼拝堂だったけれど、ノエルと行った礼拝堂と比較すると、ずいぶんと狭く薄汚れている。



「目が覚めたか?」


 背後から機械音声が聞こえ、ビクっとなった。


「貴方は……さっきのロボット……さん?」

「…………」


 ロボットは一瞬、戸惑うような顔をしたかと思ったら、探るような鋭い視線を向けてくる。

 

 やばい。睨まれてるのって、ロボットから彼らをかばおうとしたからだよね。


「君までPKされたのか?」

「……わからない。貴方が死んだ後、苦しくなって気が付いたらここに」


 私の答えに、ロボットの視線がますます鋭くなった。確かに嘘っぽい答えだけど、本当なのに。


「ところで君は武器や防具も持たず何故あそこにいた?……見たところ、年齢制限解除もされていないな。となると、


 不正という言葉をきいて心臓が飛び跳ねる。そういえばこのロボット、どうして、年齢制限とかわかったんだろう。


「ログインしたら、何故かあそこにいて。だから、ふ、不正なんてそんな事……えっと……し、してませ、ん」


 つい、ノエルの事を思い出してしまい後半の言葉はかすれるように弱弱しくなってしまった。相手からすれば、ものすごく怪しい反応だ。


「………まぁいい。IDコードを見せろ。ワタシは不正プレイヤーを正すために存在する、NPCだ。ゆえに君のIDを確認させてもらう」

「不正?……てっきりPKしてキャラごとデリートするロボットかと……ってしまっ、ご、ごめんなさいっ」

 

 ロボットは私の言葉に気を悪くしたのか、目を細めて睨み付ける。


 彼の瞳は人と違い、本来白目の部分が青く、瞳は血の様に赤黒く光っていて怖いのだ。ロボットならロボットらしく、四角い形をしてればいいのに、人の姿に似ているから、かえって人の構造と比較してしまい恐怖が倍増する。


「PKなどはしていない。どちらかというと、一方的に攻撃されてるほうか。ただ、警告を受け入れず攻撃してきた場合、後日デリートを要請しているのは事実だ」


 デリートという不吉な言葉に、背中がゾクっとする。


「私も消すの?」


 私の質問に、ロボットは答えず、無言のまま硬い手のひらを私の頭部にかざしてきた。もしかしてIDとかをみてるの?


「……名前は──ナツキ……なつき」


 ロボットは私の名前を呟くと、何か思う事があるのか、無言のまま考え込んでいる。

 

 やっぱり、ノエルの事がばれたのだろうか? それとも私と同じ名前の不正プレイヤーがいるとか? MMOによっては同一の名前が重複できないゲームが存在するけれど、このゲームはどうなのだろう。


「あのぅ~名前に、ナニカモンダイデモ??」


 背中から変な汗が出てくる感じがする。彼からみた今の私は、怪しい人ナンバーワンに違いない。


「いや……こちらの事情だ。悪いが、フレンドのIDと絆の札履歴も確認させてもら……って、ナツキ?、まって、なぜノエルが。君が所有していたの?」


 

 どうしよう。ばれた。ノエルが消されるのだけは嫌だ。


 気が付いたら、私はロボットから逃げるように走り出していた。


「なっ、待て! 待つんだ! ナツキ!」


 背後からロボットの咎めるような声が聞こえるけれど、立ち止まっていられない。


 どうしよう。私の足だとすぐ追いつかれる。彼は身軽で、強そうだった。逃げ切れるとは思えない。


────デリートだけは嫌だ、いやだいやだっ。


 どうしよう、どうしたら彼から逃げきれる。瞬時に姿を消すことができたらいいのに。



 そうだっ、ログアウト!!! ログアウトすればっ。

 

 私は慌ててゲームからログアウトした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「はぁ……はぁ……」

 気が付いたら、私は息を切らして、ベッドに横たわっていた。体中汗でびっしょりだ。


 夜明けが近いのか、窓の外が若干明るい。

 寝台から起き上がると、激しい頭痛と吐き気が襲った。もしかすると寝てしまった状態でBCIGに接続していたからかもしれない。



 あれは夢だった……んだよね? 夢であってほしい。



 だって他のプレイヤーには私がまるで見えていないようだったし。ウィスパーボイスを飛ばしてもノエルには届かなかった。



 でも、私のお粗末な想像力にしては、リアリティがありすぎたような。ピエロの事で悩み過ぎていたせいだろうか。



 もう一度ログインすればわかる? でももし次にあのロボットに会ったら?


 今度こそ、私ごとノエルが消されてしまうかもしれない。






 













 









 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る