第8話 R-6 岬君の裕孝君3

「結城、俺はしばらく家庭教師と二人で勉強をする。邪魔をするなよ!」

 裕孝君はドアを背にしながらいうと、坊ちゃまと何度も叫んでいた結城さんが急に静かになった。


 ゆ……結城さん。まさかそのまま退場しちゃった? 違うよね。お母様を呼んできてくれてるんだよね?


 どうしよう……なんか鍵かけられたし。いくら12歳とはいえ、異性とこの展開はさすがに怖い。

 「あのぉ~……裕孝君?」

 勇気を出していってみたが、黙れとばかりにギロリと睨まれた。

 

 仕方ない……ここは力づくでいくか、は無理。

 自慢じゃないが、運動能力は最底辺なのだ。私より背が高くて体格もいい相手に、身体能力で勝てる気がしない。


 結城さんが誰かをつれて戻ってくるのを待つか、隙をみて他の出口を探すしかない。


 逃げ道は……と、きょろきょろと部屋を見渡すも、薄暗くてよくわからない。明かりといえば扉から漏れてくる光とパソコンの画面? の光ぐらいで……せめて照明ぐらいつけて欲しい、怖いよ。

 

───落ち着いて……私。光が全くない場所じゃない。ちょっと暗い程度なんだから。


 思った通り、次第に目が慣れてきて、机とパソコン、そしてベッドらしきものが見えてくる、が、出口は裕孝君が占領している場所以外は見当たらず、窓もない。壁になにか、紙のようなものが貼られているだけだ。


 そもそも、この紙はなに? よくみたら壁中に貼ってるし。まって……もしかしたら、紙の後ろに窓ぐらいなら、あるかもしれない。

 

 ちらりと視線を裕孝君に向けると、結城さんを気にしているのか、扉に耳をあてて外の気配に意識を集中している。


 確かめるなら今だ。


 私は、少しずつ壁へと距離を詰めていった。手近な壁に手が届くところまで近づくと、紙上に人らしき形が見えてくる。どうやらなにかの絵のようだ。


 あれ?……これ、幻想科学世界のキャラじゃないかな。さっき私がみたのはこの絵だったんだ。


 ゲームの合間にスクリーンショットかなんかでとったのだろうか? 写っているのは銀髪の青年のようだ。暗くて全ては見えないけど、視界に見える範囲では、同じ青年ばかりに焦点が充てられている。


 よっぽど、このプレイヤーキャラ、又はNPC、それとも自分キャラ? が好きなのだろうか。ここまで狂信的だと、誰かに見られたらドン引きを通り越して、恐怖ものだ。しかも男子が男性の(その上、一人に固執して)写真を多数、張ってるのだから。

 

 とは思うものの、妙に懐かしいというか安心するというか……待って!! 私の感性、おかしくない? 銀髪の青年に知り合いはいないはずなんだけど。

 

 ───ん?……あっ! ルーちゃんのアニメ専用部屋に似てるからだ!


 ルーちゃんのアニメ専用部屋も、銀公爵やら音宮さんの絵やらが大量に貼ってあった。たしか抱き枕まであったはず。その上、クローゼットの奥には、眼鏡黒髪執事と銀髪の公爵が、イチャイチャとしたR18絵が……ゴホン……ってそれはいいとして、


「──まさか、あの部屋でつけた耐性が、こんな所で活かされるとは……」

「(……おい! なにしてるっ! そこから離れろ! 見るな!)」

 しまった。感慨にふけって思わず呟いたせいで、裕孝君に気が付かれてしまった。でもなぜ、小声なの?

「ん~と、なら、ここから出して……ははは、無理ですよね。じゃあ勉強する?」

「(……勉強って。何言ってんだよっ)」

 いや……だって、私と勉強するって結城さんにいってたじゃないか。


 やがて裕孝君は、部屋の外には誰もいないと判断したのか、扉を背に、大きく息を吐いて座り込んだ。

「───」

「───」


 沈黙が辛い。結城さんまだなのかな。それとも本当に勉強してるって思ってるのかな。

「ねぇ……せめて明かりつけてくれない?」

「────」

 

 無視ですか。

 

「この絵の事なら、──

「(黙れ……絵の事は……言ったらだたじゃ済まさない……)」


 うわ……目が本気だ。


「そ、そんなに見られたくないなら、なぜ私をこの部屋に入れたの?」

 私の質問に、裕孝君は気まずそうに視線をそらす。

「(──音宮の事を口走ろうとしたからだ。家族も結城も入れたことがないのに、くそっ! 田辺もお前も厚かましい奴だな……絶対……いうなよ)」

 成程、家族に音宮さんのファンだって、知られるのが恥ずかしいってことなのかな。ルーちゃんも私以外の友人にアニメ好きって知られるの、すっごく嫌がるし。しかも今の話からすると、田辺さんもこの部屋の事を知っているみたい。さすがだ。それでゲームが好きってわかったんだね。


「わかった。その代り約束してくれる?」

「──なんだ……首はなしってのは駄目だぞ」


 そこまで私が嫌か。まぁいいけど。

「さっきの、家族に死んでくれたらいいって事、冗談でも言っちゃダメ。守ってくれる?」

「なっ………わかった」

「うわぁ~すっごく不服そうな顔!」

「!! わかったといっただろ! その代り……」

「はいはい、約束通り、私も音宮さんの絵があった事はいわないよ」

 裕孝君は「本当に?」と疑うようなまなざしで見たので、「もちろんだ!」の如く、親指を立てポーズをとったら、凄く嫌そうな顔をされた。いや……そこはちょっとは、子供ぽい反応をお姉さんは見たかったというか。


 そして、始まる………沈黙の時間。


 この狭い空間で、会話ないのはつらいんだけど。絵も言わないって約束したよね。

「そろそろ出

「お前は、この部屋をみてどう思う?」

「えっ……え~~と、音宮さんの絵、好きなんだなぁ~って」

「音宮の絵は嫌いだ」

「………」

 なんだよ! じゃ、なんで音宮さんの絵を貼ってるの? だってこれ幻想科学世界のキャラだよね? もしかして、音宮さんの絵は嫌いだけどこのキャラは好きとか? こういう男になりたいって目標なのかな。

「…………俺の部屋が変な事はわかってる。 無駄に気を遣うな」


 自覚はあったようだ。


「いや、私はこういう雰囲気に慣れてるから平気だけど。友人の家にいる感じだし」

「平気って・・お前・・頭おかしいんじゃないか? あとその友人も大丈夫なのかよ」


 聞いた本人が、頭おかしいって自分でいう? と思ったけど、大人な私は我慢をする。


「別にいいんじゃない? 銀髪は私も好きだし」


 ルーちゃんなら、喜びそう。暗くてはっきり見えないけど、このキャラ、ちょっと銀公爵に似ているのだ。余談だが、私、ルーちゃん、タローさん三人ともキャラメイクのときは必ず銀髪を選ぶというほどの銀髪好きだ。チーム名を銀髪同盟とふざけてつけたこともある。


 ふと思い出し、絵の銀髪に親近感がわいて、思わず手が伸びる。


「触るな!……ルーフェスに触れていいのは、俺だけだ」


 えぇ~~ちょっと少年、そのセリフはなんだか。もしかしてタローさんと同じ、2次元しか愛せないという、しかも「男性」キャラが好み……。


 それはルーちゃんが大好きな ビーとエルの世界の……ふ、腐女子ならぬ『腐男子』?


 私は裕孝君に、ルーちゃん要素とタローさん要素が合体したものを見てしまった気がして、変な親近感が沸いてしまった。どうやら私の感性は、二人の影響のせいかずいぶんおかしくなってるらしい。


「………きもっ。なんでおまえ嬉しそうなんだよ」

 

 にやついた私を裕孝君が、引いた眼でみる。


「ウフフ……友人に音宮ファンの人がいて、なんとなく親近感が沸いたというか」


「何度もいうが俺は音(・)宮(・)の絵のファンじゃない。そこを勘違いするな」


「そうかそうか、なら、ルーフェスが好きなのね。あれ、何か聞いたことがあるような……あれ、どこだっけ? ゲームのキャラにいたのかなぁ。でもまだ小屋からでてもないし」


「待て……まさか、お前も幻想科学世界やっているのか? どんくさそうなのに?──ゲーム内でルーフェスは有名だ。ある程度、プレイをしていたら、どこかで聞くことがあってもおかしくない」


「うーん、私、昨日初めてプレイしたばかりだから、世界観とかまだ全然しらないんだけど……っん、お前も? 確かあれは、13歳以上でないとできないゲームだよね?」


「──おっ、俺は特別枠だからな。お前みたいな庶民とは違う」



 く……もしかして、お金の力かっなんかを借りたのかっ。



 でもルーフェスてどっかで聞いたことがあったような。ないような。


『私のキャラクターは、ルーフェスっていうからよろしくね(o^―^o)』


 お・・・おわぁぁぁぁぁ。そういえばラインでルーちゃんが。


「ルーフェスってルーちゃん!?」って言葉を私は思わず口に出しそうになって噤んだ。

 裕孝君はそんな私を怪訝そうな顔をしてみている。


 私はゴホンと咳き込むふりをしてごまかした。


「その、裕孝君はルーフェスとは、ナカガイイノ?」

「なんだ・・何故そんなことを聞く‥‥そしてなんで急に片言で話すんだ?」

「えっと今後の対応もかねて‥‥」


 ルーちゃんと一緒に何処かに遊びに行くときに、裕孝君が傍にいるかもしれないと思うとやり辛い。


「まさか、ルーフェスのギルドチームに入りたいっていうんじゃないだろうな? 本すら避けれないお前に、ゲームをする反射神経があるとは考えづらい。皆の邪魔になるからやめておけ」


 ちょっと。まだ一緒にゲームしたこともないのに無理だなんて、なんて失礼な。その通りだけどなっ。


「じゃあ、裕孝君のプレイヤー名教えて。ほら! うっかりお互い会ったりしたらやり辛いでしょ?」


「断る。というかお前はあほか? 教えるわけがないだろう? それに偶然遭遇しても、そうそう簡単に気が付かんもんだ。本名でプレイしてるわけではなし、無課金で自分の声の高低設定だってできるんだ。大抵のプレイヤーはリアルばれしないよう声を変えている。なかには課金してまで声優の声を使う奴もいるぐらいなんだぞ。……ま、お前だとわかっても、俺は無視するから安心しろ」


「あはは‥‥そうだよね」


 声の設定、無課金でかえれたんだ。せ、説明よく読んでおくべきだった。しかも私のプレイヤー名は‥‥あああああぁぁぁ。


 やばい。絶対ばれる。しかも私がルーちゃんと友達だと知ったら? こいつ絶対しつこく聞いてきそう。


 壁一面のルーちゃん狂信者だし。


 ルーちゃんに誘われても絶対にチームには入らないでおこう。そうしよう。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る