第10話『推理』

 汽長の爺さんの声は酷くデカかったが、相談の結果、最寄りの駅に停車することになった。幸い、車両はまだ走行可能だったので、乗客を道端で下車させる心配もなくなった。



 車内アナウンスで状況説明が行われ、念のため部屋から出ないことを促して、細やかな謝罪は終った。



 俺とアイラ嬢はそれを尻目に停車後のプランを練っていた。


「駅まで行けば、具体的な場所の指定ができます。応援を呼べるかもしれません」


「でも、応援がくるまでかなりの時間がかかるわよ?」


「心配無用です。暇人の坊ちゃんやカップルたちなら手柄立てにのこのこやって来てくれるでしょう。ほんと、いいとこ取りだけが取り柄のからすどもが」


「…?? なにか、思うところが――?」


「いえいえそんな、個人的にはなにも」


 冗談を言って、青年は地図を眺める。あくまで紳士の青年である。




 ☨ ☨ ☨




 程なくして、列車は数キロ先の駅に停まった。 

 大破した石炭庫はへしゃげ、いつ引火や炭欠してもおかしくなかったが、なんとか辿り着いたことにほっとする。


「ひとまず応援を呼んでおいてください。通信機は健在で?」


「ええ、ひつつの破損もないわ」


「それはよかった。でしたら、ここの場所をデータで送ってください。一応乗客の手当のため、救護班も手配しましょう。君からのほうが話が通るのでそちらで御願いします」


 細かい安否確認は乗員に任せて、アイラ嬢に報告をとらせた。後は応援の到着を待つのみだ。



 爆発のあった車両はひどく損傷しており、中心にいた富裕層の何人かは負傷していたが、緊急を要する程ではない。



 見た限り、後ほど来るだろう応援で事足りるはずだ。

 応急の簡易休養所を設置して、1日は持ちこたえれるよう、乗客の精神的支柱をつくっておく。


「ほら、言われたとおりにしたわよ」


 報告を終えたアイラがツンと短く応える。こちらから応援を呼んでもよかったが、俺の指揮系統では色々めんどくさいのだ。


「一応これで乗客の安全は確保されましたね」


 周囲を振り仰ぎ、不安そうな乗客の面々にいくらか負い目を感じないわけでもないが、今は時間が無い。安全が確保されたなら応援の到着を待たずに先走ったところで支障はないはず。



 汽長に軽く会釈を済ませて他隊員に合流を図ることにした。

 線路を伝えば、ある程度の方角もわかる。

 ここからは徒歩ということだが、念のため車掌から各駅への緊急通知を出したので、一体の路面はすべて凍結してある。



 そんなわけでとくに遮蔽物もなくスムーズだ。それにここを使えば多少のショートカットにもなる。

 ひとを含めたあらゆる生命は、ステータスという身体の秤を有している。



 別名【アルビスのはかり】。敏捷力、攻撃力、防御力、筋力、生命力を指すHP、魔力を指すMPなどが記載表示され、戦闘力や対魔力性を数値化したものだ。これらは鍛錬することで数値を上げることが可能で、それが高くなるほど常人離れした強固な身体能力を可能とする。



 ゆえに非マナ能力者では一時間かかる道のりも彼らによってはものの数分で走りきってしまう。



 一回の跳躍で崖を飛び越えることなどざらだし、敏捷に秀でたもののなかには、間合いを詰めるなど一瞬に等しい。



 駅を発って間もないが、グールの影は見受けられない。《千里眼》を駆使して、向こう数百メートルに視界を奔らせても、あるのは道に続く線路ラインのみだ。



 走りながら、傍らに並ぶ少女に目を奔らせた。

 アイラは青年の横にぴったりとついてきている。こちらが気遣っているとはいえ、敏捷に秀でた彼に汗一つなしに並べる者はそういない。



 まして両の腰に見事な曲刀を携えながらとは尚更だ。ある程度速度を合わせようと思っていたが、どうやらその必要もないらしい。



 成績優秀、容姿端麗のお嬢様。第一印象はそんなものか。さきほどの戦闘から垣間見ても、彼女のポテンシャルは非常に高いといっていい。


「……」


 しかしながら、それでも彼女が隊長職を務めるのに些かの不安を抱いた。

 自身が言えるクチではないが、やはり若すぎる。いち隊員とそれを纏めるものとでは、それこそワケが違う。仕事も責任も人の何倍も背負わなくてはいけない。



 もっと経験を積んで、物事を多面的に見定めるようでなければ、とても回らないだろう。

 そのへんの加減はまだまだ分かりかねないはず―――。

 過重労働で死ぬぞ。走りながら、そう思わずにはいられない。



 ……そういえば。レポートのなかで彼女のステータス表記がなかったな、と今更ながらに思い出す。

 指導役を務めるうえで生徒の能力把握は重要だというのに。まったくあの野郎は。



 それがなんとなく違和感を走らせたが、さりとて考えてる場合でもない。いまは彼女のいう部下との合流がさきだ。

 心内こころうち思案しているとアイラの耳元から再び警鐘が響いた。


《急いでくださいっ。あちら戦況は不利です、急ぎ合流を――ッ!》》


「わっかてるっ!」


「そんなお嬢様に、残念なお知らせが…。グールです」


「……こんなときに――っ!!」


 戦慄が瞳に宿る。


「大きさは?」


「小さいのが三匹ほどかと」


 言って、視線を合わせる。


「突っ切るわよ」


 首を縦に振って速度を上げた。

 けれど、俺の思考はまだ煮え切らないでいた。アイラが見たというグールの群れ――生殖機能をもたないでありながら、ありえないはずの繁殖。



 本当に生態系が確立されているというのか――っ?



 仮にそうだとしたら面倒なことになる。雑食のグールの食料として地形は乱れ、その土地は機能不全に陥る。本当に新たなディーヴァとして認定されるぞ。



 本来ならないはずの余計なことに人員を割くようになり、ますます前線の人員が手薄になる。そうなれば、ディーヴァの侵入を防げなくなってしまう可能性がある。



 まったく、もう少し戦争が必要だというのにっ!

 三十メートルを切ったところ、線路の死角に隠れていた三つの影。考えが纏まらないが、致し方ない。


「お嬢様!」


「こっちも確認した!」


 敵はまだこちらに気づいていないようで、先手必勝。アイラの右手が風ように閃いて真ん中の一匹を断腹する。


「邪魔よ!」


 すかさず青年がその後を追い、両脇の二体を蹴り飛ばす。一体が山腹に食い込み、岩肌がおろし器のように肉を抉っていく。吹き飛ばされたもう一体が、双剣しょうじょの光に包まれる――。



 暴乱のごとく剣筋が幾重にも重なってひとつの残響を奏でた。肉片が崩された豆腐じみて崩れる。

 数分にも満たない戦闘。三体のグールはたった二撃で沈黙した。



 アイラは踏みとどまって、仕留めた骸を確認する。さきほどと同様に、脈動する黒液がゆっくりと集まってきた。原型を取り戻すのがさっきのより早い。


「……っ、再生する前に凍結を!」


 ふり向いて叫んだ。


「―――」


 だが青年は反応せず、おとがいに手を当てた。考えるような動作に、少女の眉が霞む。


「ちょっと、なにしてんのよっ。はやく!」


「ええ、そうなのですが……」


 言いながら、オレは戸惑いを隠せなかった。死体である黒い液だまりを見つめ、その違和感を探る。


「――やはりおかしい」


 これではあまりに手応えがない。

 苦も無く捌けた。そこはいい。だが、いつぞや戦った奴らと同じにしては、これはあまりにも弱すぎるのではないか。



 グールとはいってしまうと泥人形に近い。それが特殊な呪法によって凶悪無比な形をかたどっているにすぎない。



 崩れた肉塊を視る。数こそ多かったものの、その大きさは列車にちた個体の半分にも満たなかった。加えて奴らの身体を形成する泥からは、体の中枢であるはずの核が見受けられない。


「いい加減にして。こんなところで油を売っている暇はないのっ! 再生するまえに早いとこ動けないようにして!」



 端から小うるさい少女の金力が耳を筒抜ける。邪険にしようとして、ある言葉が眉をかすめた。


「――再、生……?」



 かちんっと、感触のいい音がした。もう一度泥墨を見つめる。



 グールの固有スキルの《再生》。液片が原型に戻ろうとする動き。刹那、うなじのあたりを電流が奔った。揃わなかったピースが虚な穴を塞ぎ、ひとつの仮説が打ちたつ。


「――そうか、そういうことか」


「……?」


「グールを再生させます。どうか手を出さないでください」


 おもむろに手で制して、短い式句を唱える。


「え、ちょっ――どういう――」


 ふわりと、掌に微量の風おこった。神聖術によるそれを黒い血肉のもとへ侍らせ、グール三体すべてを1箇所に集約させる。



 水溜まりのようになったそれをじっと見守ると、運ばれた泥水はもごもごと見慣れた動きで象っていくではないか! そして――


「――な」


 ドロドロの肉塊が一つの巨大スライムとなり、内膜を突き破るように見慣れた巨躯が現れる。その光景を目の当たりにして傍らのアイラが絶句した。


「――融合し、た……?」


「やはりそうか――っ」


 仮説を確信に変えて青年が吠える。グールが完全に再生するまえに抜刀をとり、鯉口と鞘の摩擦熱による線火で焼べる。



 復活を遂げることなく再び崩れ落ちる残骸を一瞥して、鼻を鳴らした。


「奴ら、分裂を習得しやがった」


「どういうこと……!?」


 素の口調になるのも気にせず、舌をうつ。アイラはアイラで状況が呑み込めず慌てて青年の説明を仰いだ。


「さきほども申しましたように、グールはもともと生体兵器です。ですので、彼らが生殖機能を持つことはあり得ない。それはDr.フェッチの資料からも立証されています。ですが――」


 けれども、そこには明確な落とし穴があった。本来あるはずのない抜け道がグール自身の手で拓かれてしまったのだ。


「再生能力――これがキーでした。仮に、一定の距離離れたグールの肉片が本体の再生能力よりもまえに自己を形成したとすれば…」


「それって――」


「ええ。偶然そうなったのか知りませんが、それが新たな個体として活動して動きだし、あるいはグール自身がそれを知って新たな個体を生成したとるなら合点がいきます」


「なら炭鉱にいた奴らは――!」


 少女も気づいたらしい。


「おそらく分裂した個体でしょう。変だと思っていたんです。先と言い今と言い、俺が以前相手したやつらとは、比べものにならないくらい弱かった」


「う、なんかそれ嫌みじゃない?」


「いえいえ、そんな」


 紳士めに応えつつ、だとしたらと考えを巡らせる。あくまで出来るのは分裂。とすると、

 量が増えるぶん、一個体のステータスは下がるはずだ。


「つまり、子どもを産み落とせないぶん、分裂という方法によって増殖しているってわけね」


「そして、こいつらを生み出す一番大きな個体。それが親でありそして、盗まれた二体のグールでしょう」


 間を置いて、口を噤む。少女も息を呑んだ。だがそんな二人を嘲笑うかのうように、時は一刻と迫っていた。


《隊長、急いでっ! このままでは――》


 いつにない感情的な通信に、二人は頷いた。


「急ぎましょう」


 少女も固く唇を結んで、


「――ええ」


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