第29話『攻略会議』



 連行もとい案内されたのは学園校舎の奥に位置する巨大な扉であった。

 分厚い大理石の柱に支えられたそれを無遠慮にあけ開いて、ズカズカと最条が貼っていく。

 追いかけて、すぐさま目に映ったのは室内の半分を占める大きさの円卓だ。こしらわれた席には、いかにも重鎮でございといった面々が揃っている。


「遅い、どこほっついてたんだ」


 右端のターバンを巻いた少年が横目で睨む。

 開口一番聞こえた声を無視して、最条は自分の席に腰を下ろした。

 察するに、なにやら会議の最中らしい。どれも見知らぬ顔であったが、その目は等しく鋭い。


「ヒトを呼んでおいて遅刻とは、生徒会長ってのは随分偉いんだな」


「そう言ってやんなよ、クレイ。どうやら遊んでたわけじゃないらしいぞ? 面白いのを連れてきてる」


 皮肉に応えてやったのは、同じく円卓に腰つけた女だった。日に焼けた肌には、材質の異なる鉱物が埋め込まれている。鍛治師特有のギラついた眼に促されたクレイが促されてこちらを向いた。


「……へえ、誰かと思えば、このまえ会長と引き分けたやつじゃないか」


 先日の最条との決闘がいまだに尾を引いているらしい。しかしアルヴァとしては少女ひとりに憚られた苦い記憶なのであまり深掘らないで欲しい。


「こいつも攻略に加える」


 当人がぎょっとすることもなく、場の空気が止まった。全員の目の色が微かに変わる。


「それはいささか、承服しかねる」


 落ち着き払った声で払うのは、手前の大男だ。タンク職特有の恰幅のある体格をどっかりと椅子に預けながら鎧がしなる。


「彼らが攻略を始めたのは最近だと聞く。それも、潜っているのは前線ではない上層らしい。そんなのがのこのこと最前線に加わったんじゃ、他に示しがつかん」


「だからどうした?」



「なに?」


「戦場ってのは簡単な弱肉強食だ。弱いやつは死んで強い奴が生き残る、それだけだ。甘ちゃんはいらない。実力も頭も不足ない。逆にいれない手がなかろう?」


「だが隊の編成はどうする? 連携が取れなければ意味がない」


「隊はおまえの方で決めろ。それとあまり隊列にこだわるな。いくら盤石だと思っていてもイレギュラーひとつで簡単に崩れるからな」


「……」


 男が最条を眇める。猪に似た三日月型の目尻が恐ろしく鈍く光った。だが最条は続ける。


「いいか、戦術よりも戦略を固めろ。ここでの俺たちの目的はなんだ?」


「——自らのスキルアップ」


「そうだ。ゾバル、お前は学園始動以来なにを学んできた? 戦闘技術のことを言っているんじゃない。この学園くにでお前は前線のトップとしてなにを考えて動いてきた?」


「それは……」


「忘れるな、俺たちが学ぶべきことは統治の在り方だ。上役も部下も互いに扱い扱われ方を知る。仲良しこよしの攻略ゲームじゃない」


 学園をひとつの国として考える——なるほど、核心づいた見立てである。

 学園スクラムの根底は『次の世代を守る』というもの。どうやら最条はこの意味、、、、を理解しているらしい。


「父母の誇りにかけて俺たちは生き残らねばならない。そのために勝つために行動しろ」


 重みある言葉にゾバルはそれ以上の言葉を持たなかった。面々も静かに首を縦に振る。


「それで、異論はあるか?」


 全員の同意を持って、試すように青年に声を傾けた。

 数秒の間が空く。

 正直、断った方が賢明なふしもある。オレはあくまでヴァンキーラの従者。オレ単体が攻略なんぞに首を突っ込んで上司の命をすっぽかすわけにはいかない。



 だが裏腹に別の心配もある。それは先日のアイラに対する生徒の反応だった。

 冷笑と心ない声。迷宮攻略という大義があるにもかかわらず、別行動を取ることは他からみれば面白くないものであろう。



 配慮のつもりが逆に彼女の負担になっていた。いらぬ反感を買い、ユフィ嬢を除いた誰ともいまだ交流を図ってこなかった。学生という身分を今まで体感したことのなかった青年にしてみれば、そういったことまで頭が回らなかったのである。

 彼女を守る立場でありながら厭な思いをさせてしまったことが悔しくてたまらない。

 故にここでその責任を取らねばなるまい。


「——わかりました。お受けしましょう」


 ただし、と含みありげな笑みを背後に送る。きょとんと首を傾ける少女は愛らしい。


「My lady、アイラの付き添いとしてですが」


 ここにきて突如名前を呼ばれた当人は目を剥いた。


「……なに?」


 最条を始めた男性陣が目尻を吊り上げる。むっと顔を歪める面々に向けて、芝居がかった苦悶をうかべた。


「我が家では現在、諸事情で使用人が不在です。それゆえ、アイラ一人だと心許ない——」


 心底心苦しそうにおおぶりに手を回す。最条の目がわずかにギラついた。


「留守番が出来ぬ歳でもあるまい」


「ええ。ですから、これはあくまでオレの問題なのです——」


 言葉を留め、おもむろにアイラの手を取った。膝を屈し、あたかも白馬の王子が求婚するかのようなポージングでピエロのごとき狂った陽気さを混ぜてながら。


「オレはアイラと片時も離れがたいのです……」


「な——」


 ぼっとライターのように、不意打ちに無防備な乙女心が脳天まで火照りを帯びる。

 突発的なロマンスに絶句したのは、ここまで沈黙を決め込んでいた研究班の乙女であった。

 円卓に腰下ろす最後の一人である少女は耐性がないのか、そわそわと視線を彷徨わせながらあわわと口を覆う。湯気まで出ているのかメガネを曇らせている。

 



 口笛をならしたのは女鍛治師である。明るい反応の女性陣に対して寒い芝居を見せられた男性陣は冷めた表情だ。

 もちろん青年のソレは演技である。

 青年とアイラ立場はあくまで対等。忘れがちだが、彼のメイン任務は偽装許嫁フィアンセである。



 我が失態の尻拭い——それはアイラの実力を内外に知らしめ、少女に交流を与えることだ。そのためにボス討伐は願ってもない機会である。アイラを参加させない手はない。


「滅茶苦茶だな」


「ええ。ですが、恋とはそういうものでは?」


「ふざけるな」


「大真面目ですとも」


 ゾバルの眼力もせせら流してのほほんと起き上がった。


「あくまで命令系統はヴァンキーラと?」


「それはご想像におまかせします」


 呆れてため息も出ない最条は、それ以上のすったもんだを諦めた。


「だそうだが? ヴァンキーラ、お前はどうする」


 尚も上気冷めやまないアイラだったが、最条の声でようやくのぼせが覚める。


「おまえは来るのか? オレは別にどちらでもいい」


 周囲の目がこちらに向いた。見るものを射る鋭い目に少女は言い淀んだ。

 最条のメインはあくまで青年アルヴァ——アイラは二の次だ。なるほどアルヴァを起用するわけもわかる。



 それに比べ自分はどうだ。

 ボス攻略は連携プレー、いかに陣形を維持し、考えうる戦況を有利に運ぶかにかかっている。対して、日頃の自分はあまり他者と交流を図ってこなかった。めぐるめく戦況のなかでそのような芸当ができるわけがない。

 それにアイラはまだ7層までしか足を踏み入れていない。10層という未知の領域に、そんな自分がはたして通用するだろうか。

 いまの自分がいざ前線にでたところで、このあいだの二の前を踏むのがオチ——周りから陰口を叩かれて終わりだ。


 —————さい——なさいっ!


 そう諦めてかけた思考の端に、唐突に背中越しの目があった。アルヴァである。その目はさきほどの戯けたものではない。厳しさをもった教師としての眼。まっすぐにこちらを見詰めて問いかける。


 しっかりしなさい。アイラ・ヴァンキーラ! 


 漏れ聞こえる叱咤にはっとした。拳を握りしめる。そうだ。いまここで前に進まずなんとする。自分の殻を破らずしてなんとするのです、お嬢様!!

 その眼光に瞬いて、わかってる、強く頷き返す。

 決意を感じ取ったのか、青年も表情を和らげた。


「受けるわよ。金魚のフンだろうがなんだろうが、戦場を引っ掻き回してやる!」


 そう力強く宣言した。










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