第28話『天板の巫女』

「アンタのソレ便利よね」


 温かいレモンティーを啜りながら、ふんふんとユフィも同意する。


「なにかの術式ですか?」


「ああ、これカルナでの戦利品ですよ」


「「!?」」


 さらっと嘯く青年に、危うく紅茶を噴き出しそうになる。レディにあるまじき失態を犯すまえにごっくり呑み込んで再度驚きを吐き出した。


「カルナの――ってことは大陸の!?」


「ていうか、アルヴァさんってカルナに所属してたんですか!?」


「そんなことより、そろそろ出立しないと日が暮れてしまいますよ」


 少女たちはなおも目を白黒していたが、青年のほうはささらと話をながしてカップを片付け始めた。


「それとも次、8層いってみます?」


 揚々と親指を立てて促してみる。爽やかにとんでもないこと言ってのけるアルヴァに少女たちは度肝を抜かれる。


「いや、今日はさすがに……」


「あ、あはは……」


 冗談めかして言ったつもりだったが、二人にはそうは聞こえなかったようだ。そろって首をふんふんと盛大に振るう。


「おや、残念」


 まったくそう見えない表情で笑って、大扉へと翻る青年の背後で、少女たちが潜やかに耳打ちを始める。


「な、なんかすごいね。アルヴァさんって……」


「ただの鬼畜よ」


 アルヴァの突拍子のなさに気圧されるユフィにそう言ってのけて、伸びをする。


「それにしても、レッスンっていつもこんな感じなの?」


「まあね。無茶苦茶だけど、言ってることは的を射てるし」


「ふーん…」


 するとユフィは歩いていた足を止めて、アイラを見つめた。すこし考えるような動作にアイラは首を傾げる。


「なによ」


 まじまじと見られるのにむず痒みを感じて問うもこたえない。

 ユフィにはすでにアルヴァが任務上の許嫁であることは伝えている。故に、彼がアイラと一定の距離を保っていることも承知していた。


「いや、ずっと気になってたんだげど、アイラが私以外に猫被らずに話してるとこ見るの初めてだなぁと思って」


「…………そう?」


「そうだよ!」


「それ単に、私に話し相手がいなかっただけじゃない?」

 自分でいって若干傷つきながら、けれども親友はめげない。


「いやいやそれだったら今までの従者メイドは? 皆話が合わなくて辞めさせたんでしょ? でもアルヴァさんは違ったわけだ」


「あいつは叔母様の部下だし………」


「でもでも、べつに辞めさせれたじゃん」


「それは――」


 そのことは叔母自身も言及していた。べつに不要であれば、即解雇で良いと。だがそれをアイラはしなかった。青年の必死の懇願もあるが、それは一部にすぎない。大半はアイラ自身このままではダメだという危機感があったからだ。

 そして、あの言葉――


 少なくともオレだけは。あなたの味方であり続けます。


 冷静に考えてみると、アレは盛大な告白なのでは………?


「いやいやいや」


 ユフィとの会話で変な思考になっているみたいだ。かぶりを振りながら、思考を落ち着けるべくズンズン親友の前をいく。


「?」


 なにがあったのか知る由もない親友はきょとんと首をかしぐのみだ。



 大扉のなかは暗闇に満ちている。壁際の燭台は足を踏み入れても火を放つことはない。それは他のボス部屋も同じだった。

 資料によると、まるで守護者の命とともにその灯りは消え去ったそうだ。

 だが室内に満ちた不気味さは健在だ。湿気を帯びた寒さが本能から嫌悪をいだかせる。


「……やっぱりここは慣れないね」


「確かに、あまりいい心地はしませんね」


 外の空気とはうって変わって、季節感を忘れさせる冷気がひんやりと身を包み込む。


「早いとこ地下へ降りたほうがよさそうね………」


 そうはいうものの、部屋は広い。縦横十五メートルはこの広さを横断するのは存外時間がかかる。

 かといって駆け走るのは、なんだか子供のようで結局ちびちびと歩くことに落ち着く。

 水が落ちる音が聞こえるのは気のせいだろうか。いつのまにか青年の背に隠れながら、早足に渡り歩く。


「お嬢様方、なにもいませんのであまり押さないでください」


「「ムリ、です」


 そんな押し問答を繰り返す青年の目に、不意に奇妙な陰が映った。敵影か、二人に静止を促して、千里眼を行使する。


「どうしたの?」


 突然のことに鼻を背にぶつけながら、アイラが目配せする。軽く目で誤って、影に向き直る。



 あれは――人間、だろうか。目線の先は8層へ続く空中階段。ガラス板の連なっているその、真ん中に差し当たるところ。白いシルエットがこちらを見つめていた。

 学園の生徒だろうか。14、5歳ほどの少女だった。だが、それにしては装備が乏しすぎる。寝巻きのような薄いヴェールが、その輪郭と同義に淡い。

 けれど、その目ははっきりと青年の視界に捉えられた。


「――」


 その目は、愛おしむように。はたまた憐むように。複雑な心境が眼球を通して伝わってくる。


『――――ああ、来てしまったんだね――――嘆き子よ』


「それはいったい――」

 

少女はそれだけいうと身を翻した。ガラス板に生足を滑らせ、そのまま視界から消える。追いかける気持ちは湧かなかった。アレはそういう類のものじゃない。


「お嬢様――――」


「なに?」


「いま、あちらに人がいませんでしたか?」


「え? なにもいなかったけど………」


「そうですか」


 確認するように主人に問い、予想通りの回答が返る。訝しげに見つめ返す少女に微笑んで、歩きを再会する。



 8層の転移門から地上まで昇ると、外はすっかり陽に落ちていた。ティーカップに注がれた紅茶のごとき夕空が橙色に輝いている。

 鼻孔から、どこかほのかに爽やかな香りがほころびでる。静かに息をすうと、森林の残り香が風にかき混ぜられて、不思議と心地好かった。


「やっと来たか」


 まる一日のレッスンに乙女がピンと背を伸ばしたのと同時、柱にもたれかかっている見慣れた声が届いた。風につられて余計なものも運ばれてきたらしい。



 視線を跳ねさせると、ネイビーの髪が少しだけ、風に揺れる。

 げ、と口をへの字に曲げるアイラを尻目に生徒会長の最条が待ち構えていたといわんばかりに、視線を向けた。


「なに、またなんか用?」


 この前の件が尾を引いているせいで、途端にアイラの機嫌に亀裂が入る。


「なに、《略奪》がようやく重い腰をあげたときいてな」


「べつにアンタに従ったわけじゃないわよ」


「構わんさ。――――それに用があるのはお前じゃない」


「?」


 アイラの小言を涼しげに流して、一歩前に出る。目線の先は突っかかるアイラではなく、顔色ひとつ変えぬ青年へ向かっていた。


「鬼灯アルヴァ、ちょうどいいタイミングだ。是非、ツラを貸せ」


「……me?」


「なお、お前に拒否権はない」


 お茶目な返事を無視して、一方的に最条が告げる。


「と言いますと?」


 アルヴァの問いにこたえずに、踵を返した。その背中から、淡々と事実だけが述べられる。

 ひそやかな笑みと野望を持って。


「明日、9層のボスを討つ」


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