第27話『迷宮区』
「それで? そろそろ聞かせてよ」
話を逸らすように、剣を収めたアイラがおもむろに問うた。アルヴァのきょとんとした表情に目尻を細めながら。
「いったいどういう了見で攻略を許可したの」
それを聞いて青年も得心がいったようだ。
唐突な迷宮攻略への転身。もともと攻略に否定的だったアルヴァがなぜいきなりそれを良しとしたのか。
最条との引き分けから翌日、朝起きるなり「迷宮区にいきます?」と窺ってきたときは危うく紅茶を零しそうになった。
返答を待たずに連れ出されたかと思えば、いきなり愛剣を魔改造されたり市場に連れ回されたりと踏んだり蹴ったりの一日を送り、さらに翌日に迷宮に入ってみれば、最前線ではなく、下層で戦闘を繰り返して、こうして今に至るのだ。
「そろそろワケがくらい聞かせなさいよ」
「お嬢さまの意見を尊重しようという、オレの配慮ですよ」
「ブッた
「お嬢様のお望み通りこうして実戦練習を踏まえているだけなんですが……」
「だからっ! なんで急にそうなったのかって聴いてんの!」
シラを切る青年に、ふくれ顔になりながら、ムキになったように叫ぶ。
「まあまあ、お二人さん。そこまでそこまで」
とそこで二人の間を割るように、木陰から声がかかった。
小柄のフードの小女。湖に似た眼をちらつかせながら、ユフィが顔を出した。
後ろ手で短剣をくるんっと回す様子は子犬が尻尾を振っているようにもみえる。
「ふたりとも、早くしないと《素材》とれなくなっちゃうよ?」
といってどっさり抱えているのは、屠ったディーヴァからはぎ取った樹皮などの戦利品だ。迷宮のディーヴァは貴重な研究対象になっており、そのためある程度サンプルを持ち帰ることが義務づけられている。
また、武器類を強化、改造する素材ともなるので、学園敷地内の市場で売ればそれなりの額がつくこともある。故に、小遣い稼ぎで素材を持ち帰る者も多い。
学生は貴族ではないものも多いので、そういった売買はよく行われるのだ。
だからユフィにとってここは宝の山なのだろう。目が輝いている。
「ごめんねユフィ、もう他のパーティに入ってたのに……」
そしてなぜ彼女がアイラたちと行動しているかというと、攻略を始めて二日目、転移門へ繋がる例の道で彼女が他生徒と揉め合っている姿を目撃したのだ。事情をきくと、パーティ内のトラブルがあったそうだが、なんとなく場の空気を察したアルヴァが颯爽と彼女をかっ攫ってきたのだ。いわゆる引き抜きである。
「いいよ。わたしなんかいなくても、あいつらはやっていけるんだから。手柄の取り合、。平民上がりは白い目で見られるのがオチさ」
「ユフィ…」
けろっとした口調だが、その声には一定の怒りがあった。
「だからアイラたちが誘ってくれってほんと助かったよ。こうして一緒に組めて嬉しい。それに、他の奴らの前でこんなこと出来ないしね」
ウェイトマンの樹皮をはぎ取りながら、にかっとお茶目に一目を瞑る。
少女たちの睦まじい会話を看取って、青年も表情が綻ぶ。
「さて、ある程度調達も済んだようですし、そろそろ先に進みましょう」
促しながら後方を眺めれば、ディーヴァの遺骸はない。いまの戦闘でも同じだが、迷宮内に出現するディーヴァは殺してもその死骸は残らない。
どういうわけかは知らないが、遺骸を一定時間放置していると黒い霧となって霧散する。そうして時が経てば同種のディーヴァが再び現れている。まったく同じ個体がまったく同じ数で。それはまるで迷宮を巡る魔力に、同じ時を繰り返すことを命ぜられたかのようだ。
階層ごとの変化といい、迷宮区はやはり謎多きところだ。
歩みを進めると、狭かった道幅が光に連れて大きくなる。獣道の終わりを告げるニワトコが淡い光を吸い込んでいた。
茂みを抜ければ、広い会堂に出た。30メートル四方に染まる緑は湖のシロップに花々を咲き誇る。
人目につくことのない秘境の地。木々が隠すように空を埋めつくすそこは、巨大な生き物の寝床を思わせる。
そのさらに奥の中央、幻想の森を一息に消し飛ばすほどの存在感を放つ、
実際は何年もまえに討伐されて、次層への階段へ繋がっているはずだが、その迫力は衰えない。
「はぁ~やっとついたぁ……」
まっさきに足を崩したのはユフィである。ついでアイラがばたんと緑へと身体を預ける。約6時間。ぶっ続けで動いた疲れがどっと押し寄せる。
「お疲れさまです。お嬢さま方」
一帯が安全地帯であることを確かめながら、アルヴァが労いの言葉をかけるが、果たして届いているのやら。二人ともご執心である。
しかし広い。自らも草地に足を休ませて、湖を眺める。あれほど透明度の高い水はいったいどこから湧いてくるのか。歩いてみて4キロ。蛇行したものの、その広さは明らかに外観の作りに反する。
――内部の空間が圧縮されているのか?
創世の三女神が巨塔を作ったとあるが、それはあくまで
神――そう呼ばれる存在は確かにいる。
だがそれも昔ほどではない。神理完定戦争の折に、『
しかしそんな神とてこのような技術を持ち得た試しがなかろう。
空間を圧縮するほどの技術―¬―、いったい何者がそれを……?
(報告をしておく必要があるな)
胸中の冷たい思考を片隅に、懐中時計を開いて確認すると、午後の三つ目を回っている。立ち上がり、アイテムボックスからティーセットを取り出すとつつがない所作で少女たちを「わあっ!」と喜ばせた。
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