第2話『エリュデューゲン』

 岩壁と霧茨きりばらに抱かれた蒼茫そうぼう。それがこの国のすべてだ。

 大小総規模の列島と不可侵の海に囲まれた一帯は、常に六つの海流が渦潮を作りだしている。



 果ての海に浮かぶ神秘の居城くに



 どうせり上がったのか、山は崖を巡らしてほぼ垂直に切り立ち、島全体を囲むように、テーブルマウンテンが数多く点在する。その数は優に100を超え、標高は小規模のもので1キロメートル以上。さながらそれは、お伽噺に聴く安眠の城を、そのまま巨大化させたかのごとき物だ。

 そして巨大すぎるゆえの敬意と畏怖を孕んでいる。



 内部にはそれぞれ都市と小規模な町や村、森と草原、湖、までもが存在する。そこに住まう人々はこの地を神格と敬っていた。



《エリュデューゲン》――――島の全体が巨大な居城のごとく聳え立つ、異境の顕界。



 壁の外に辛うじて広がる諸島を最後に、そこから先は海流と霧によって、ついぞ知りえることはない。霧より外は奈落とされ、渦潮より先を渡ったものも――また渡り来たものも未だとしていない。



 唯一知れるのは、海の先には断絶の海谷が存在し、島と世界を隔てる奈落となって今日まで人類を生かしてきたことのみ。



 原初の女神が眠るといわれる不可侵の墓場、またの名を――――――霧城網ラベルオヴァ。



 そのなかでも北方。外界にもっとも近いといわれるそこは、度重なる荒波で削られた岸壁が針のごとく一点鋭利の形状をとり、何人の行く手を阻む。



 空から見上げれば、怒り狂った小型動物が外敵に睨みを効かせているような光景が広がっているだろう。



 通称、針鼠ヘッジホッグ。北方に位置するそこは、創造の女神アルビスが創り上げたとされる天然の要塞。いまだ外敵など通したことはなかった。



 神代の返還ラグナロク。数千年前、まだ世界に無限の大地があったとき、とあるひとりの魔術師によって行われた偉業は、人類の大半を壊滅させた。



 ディーヴァ。ラグナロクにより復活した神代の魔獣の相称である。多種多様な種族がいるため、ディーヴァと一括りにしてもその数は膨大だ。



 断絶の海谷を渡ることのできるディーヴァはそういないが、なかには飛び抜けた航海術と古代兵器を持つ国家もあると聴く。



 生き免れた人々はここを最後の砦として拠を構え、ディーヴァに対抗するため己が刃を研ぎ澄ませてきた。そうして数百年、辛うじて安定と平和を築いてきたのである。



 ――――だが二年前、それは崩れ落ちた。



 人界歴1432年。断絶の海谷を超えてカルナ最北端の鉄壁、針鼠に突如としてディーヴァの大軍が上陸、押し寄せて来た。



 カルナは突如として戦場と化した。半年近くに渡る戦闘の上、偽・守護天使ワルキューレの投入によってなんとか軍勢を押し返したのはいいものの、その間多くの血が流れた。



 三日後に行われた貴族会議の折、エリュデューゲンは反撃の狼煙を挙げた。



 騎士・衛士を含めた人界軍を編成、その大半を前線に投入して現在まで多少の小競り合いを続けながら来たるべく総力戦に備えている――――――と、こちら側ではそうなっている。


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