第3話『波乱は既にここにあり』
ふと窓を視れば、暗雲が朝焼けによって白く醸されていた。1日の始まりを告げる朱がこんこんと視界を埋め尽くす。
さて、これからどうしたものか。北方はほぼ陥落したし、明日にでも新聞で大々的に報道されるだろう。
あっけらかんとした様子で、情報を整理する。景色がめまぐるしく移り変わり、汽笛が硬く唸った。沸き立つ煙気を身に纏い、列車が車輪を軋ませる。
もうわかっているように、青年はこの国の人間ではない。そして二年前に起きたディーヴァの大規模侵攻とやらも真っ赤な嘘だ。本当は青年とその部下が引き起こした
彼の本来の目的は別にある。とある兵器の奪取。百年戦争の折、北の大地で持ち出されたそれは、ようやく沈静された戦争を再び引き起こす要因となる可能性が高い。
厄介なのは、持ち出した者が相当の実力者ということだ。本来であれば、そういった特有の魔力の質感はどんな種族であれ完全に消すことはできない。だが一国のトップであるような実力者であれば、魔術――ここでいう神聖術――を駆使して擬態することは可能だし、それを維持し続ける膨大な魔力も持ち合わせている。
すでにエリュデューゲン国内に亡命して幾年。おそらく既に内部の人間と変わらない生活を送っているはずだ。それも大陸にいたころと変わらない地位を有して。
ここでいう実力者など、貴族の他にない。数百年前までは帝がいたらしいが、それも過去の話。
そこから見て取るに、おそらく兵器の持ち出し者は政権争いの没落者だろう。であれば、執念深いことも見当が付く。頭も良いはずだ。おそらくこの国の中枢まで手を伸ばしているだろう。となると、選択肢は限られてくる――――
入国後、部下を散らせて内部情勢を探らせた後数日と経たずにその結論に至った青年は、ソイツが動くであろう一手先を見るように、外部からの侵略と内部への潜入という二つの要素で揺さぶりをかけることにした。そのために二年も費やして、同じように青年も、体に擬似的な封印を施し魔力を抑え込み、一平民として勲章貰いのエリートコースを歩んでいたのだ。
まあ、途中から悪辣な上司に雇われて家畜の如く振り回されることは予想も期待もしてなかったが。それはそれとして。
「さっさとターゲットを絞りたいんだがな……」
部下をのこして小競り合いを継続させたのはいいが、あまり
まあ、布石は打ってある。あとは俺の予想がどこまであっているかだ。
列車は湖のほとりを通過し、薄い霧に差し込む光芒が森の奥で夜闇を漉しだしている。
神秘を漂わせる清冽な湖水色が、にじみ出るように水面を浸り込む。澄み渡った水底の、碧玉のように沈んだ砂利を輝かせていた。
のどかな光景に難しい表情が崩れた。せめて移動中だけは気分を浮かせておこう。窓枠に肘突いて、束の間の休息に体を委ねる――――
けれど休暇気分の青年を叩き起こすように、仕事は勝手にやってきた。
窓枠の右上から閃光が走った。
朝日に似た陽を纏う軌跡は一見、流星と見間違えそうになった。だが滑車を揺らす列車のに張り付くほどに近づくのを視て、思考を切り替える。
「おい、マジで……」
ヤメてくれと言わんばかりに祈ったのも刹那、砲弾の如き速さで影が窓を覆う。
次いで聞こえた爆発の合図は、衝撃とともに視界から消えた。
ああ、そうだ。俺、神様から見放されてたんだっけ。
地震にも似た揺れが遅れて伝わってくる。車両全体に響いたそれは、轟音とも取れる。
゛あー゛あーと呻きながら、三回くらいヘッドバンキングをしてようやくお仕事モードに移行すると、部屋の外へ出る。
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