第12話『報告』

 後ほどきた増援のおかげで一件はことなきを得た。負傷した仲間を預け、その無事に疲労と安堵のハイブリットな少女に上司と思われる壮年が話しかけた。


「よくやった。グールの新たな特性の発見となった。さすがヴァンキーラだ」


 諸々の報告を済ませ、最後に漏れた上司の言葉にやや照れくさく笑う。微苦笑といったほうが正しいその笑みは、自身の不甲斐なさを引きずるあまりのもの。



 上司と別れ、疲れの入ったその耳に聞き慣れた吐息が触れる。


「おつかれ、隊長さん」


 背後から抱きついてきた華奢な影に蔭りが消えるのを感じながら、自然な笑みで振り返る。


「もう、ユフィー。茶化さないでよ」


 ユフィーと呼ばれた小柄な少女は青みがかった瞳を瞬かせて笑った。


「でもアイラが来てくれなかったら危なかったよ…」


 ウッドブラウンの髪を風に揺らして、部隊の副隊長は気軽く敬礼を取った。学生時代からの親友でもある彼女のおふざけに、すこし肩が軽くなった気がした。



 戦火の残り火がランプの明りにかわり、勝利の歓喜に胸躍らせる初めての部下。


「あ、隊長。お疲れ様です」


「隊長っ。今日はお手柄でしたね!」


 手当を受けていたみんなは、アイラに気づいて輪をつくる。

 一見して年齢層が若い。平均でも20代前半だろう。都市部では優秀な人材が育っているようだ。



 換えの軍服に着替えた青年はそれを一頻り遠目で眺めるが、とくに興味を抱かなかった。

 アイラの上司に捕まった挙げ句、訝しさマックスで事情聴取されていたのだ。戦闘後でもぴんぴんしているのに、いまじゃへとへとである。



 そしてどうにも煮え切らない問題が頭を悩ませていた。


「あ。アンタどこいってたのよ」


 遠目から青年の存在に気づいたアイラが、つんとした面持ちで呟く。その顔が少しだけぱっと明るくなったのは気のせいだろう。



 南中の空、人の輪の真ん中に咲いたアイラに吊られて、他の隊員も視線を移した。


「炭鉱のなかをすこし。気になることがあったので」


「気になること?」


「持ち出されたグールは確か二体のはずでしたよね」


「そうだけど―――」


「しかしオレがほふったのは一体のみ。どこか洞穴のなかに隠れているのでないかと思ったのですが……」


 けれど見つからなかった。ありえない。念のため千里眼と徒歩で走り回ったのだが、魔力の痕跡ひとつみつからない。二体は別々で行動していたのか――。だとするとまた同様のことが起り兼ねないが。



 おとがいに手をかける青年は煩悶を隠さない。ひとまず上への報告ということにしておくが…。

 兵器であるグールの新たな覚醒、アイラ嬢と関わりを持って間もないが、序盤から不可解のオンパレードだ。



 これは任務としてはハズレクジだったかな。


「……ところで隊長。気になっていたのですが、その方はいったい――?」


 隊員のひとりが今更ながらに口解いた。青年の思考を遮られる。



 隊長であるアイラと行動をとっていたが、彼らはその成り行きを知らない。彼らにとって青年は、感謝を述べたいがどうすればいいんだよ状態の得体の知れない助っ人Xなのだ。


「彼は単独でグールを追跡してたとき助けて貰ったの。このひとの支援あってこそ、今回の任務は達成できたわ」


 振り向いて、晴れやかな笑顔が光り輝く。


「あらためてお礼を言います。ありがとう――――って、ええと」


 そこではてと、紫の繊維が眉を歪めた。


「……そういえば、まだ名前聴いてなかった。ねえ、アンタの名前ってなんていうの?」


 きょとんと小首を傾ける。そういえばまだ名乗ってすらいなかった。

 加えて、今更に自分の立場を思い出す。上司ロリおんなの言葉が鮮明に反芻する。




 君には僕の甥になってもらうよ。




 それ、本人にどう説明すればいいんですか!?

 おそらくまだ彼女は任務こちらの件に関して知らない。ここで言葉を間違えれば、そのあとは超鈍感系主人公でもわかるフラグが立ってしまう。



 ここはアイラ嬢の為、そしてオレのためにも言葉を選ぶ必要がありそうだ。

 しばらく黙考して、ごほんっとわざとらしい咳き込みをいれて。

 やがておずおずといった調子で口火を切った。


「実はオレは――」


「それに関しては僕から説明するよ」


 唐突に声がかかった。 その場にいた誰とも違う声音に青年を除いた一同が振り返る。


そして驚愕した。彼が目を集めたのは無数に飛ぶ黒い蝶。それが形を成すように集まり、みるみる人影を作っていく。



 ……。おい待てや。



 反射的に滑りそうになった素の口調を全力で抑える。頭の良い青年が懸命に取り繕おうとした説明は、間際に現れた何者かによってその努力ごと踏みにじられることになった。

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