第8話『No neglect』

 その日、アイラは焦っていた。今日だけでない、9ヶ月前、当時通っていたリブドリア修剣道院を飛び級で卒業して以来、トントン拍子びょうしで物事が進むようになった。



 そのおかげもあり、聖央騎士団へ入隊を果たすことが出来たものの、ここ数ヶ月の業績はかんばしくない。



 それはアイラにとって死活問題であった。彼女にとって功績とは自身の存在意義に等しい。

 ヴァンキーラ家の嫡子として謂われもないプッレシャーがあることは、彼女も周知している。



 だからこの任務を受けたとき、必ず達成させると固く誓った。

 調査はスムーズに進んだ。ひとの訪れなくなった炭鉱。遠目から視ればなんてことのないただの廃れた鉱山でしかない。



 グールの痕跡は薄く、枝分かれした鉱脈を一つずつ潰していく単調作業が続いた。マナ能力者でなかれば半月かかるだろうそれを、半日と経たずに調べ上げ、鉱脈図に線を引いていく。



 結果は残る一箇所を覗いて『異常なし』。またしても無成果の苦渋を呑んで帰投するはずだった。




 無数のあか――――、それだけが見えた。




 最後の1箇所。その奥でオイルの上で小さな燃え火が揺らめいた。呼応するように、それは鈍い色を発する。



 暗闇のなかでもはっきりと視てとれる。赤い残光が刃のように煌光る。ついで聞こえた叫声。耳劈かれるような、酷い音圧。



 戦慄が奔った。かつて感じたことのない、震え。



 地下6キロの地点、封鎖の原因ともなったそこは、深淵のごとく濃い闇を孕んでいる。地上から遠く離れたそこに空気など皆無。常にマナで体を包んでいなければ辿り着く前に窒息していただろう。そんなところで歪な三日月を描く、赤い光。



 アイラは成果を欲するあまり肝心なことを見失っていた。

 任務とはなんであれ常に危険を伴うものだということを。


「戦闘準備っ!」


 考えるまえに叫んでいた。凛烈の声音に戦慄が過ぎる。

 同時に重なった咆吼がすみずみに反響する。ランプが割れ落ち、視界がシャットダウンする。



 僅かに見えるマナの焔が、黒い鱗をとらえる。飛び込んできた脅威に咄嗟の判断が追いつかない。



 たった二体。そのはずだった。予想なんて当てにならない。今更ながら後悔する。無意識に甘えていたんだ。大人に守られた当たり前の平穏にちじょうに。



 戦いは乱戦だった。ろくな連携も取れないまま一心不乱に敵を凪ぎ、撤退の合図の間もなく退き下がる。



 走りながら何度も通信を漁り、救援を求めた。なにが起ったのか、どうすればいいのか。なのに、いくら助けを求めても誰も応えてくれない。戦術なんて。作戦なんてそんなもの、誰も教えてくれなくて。



 中間地点のベースキャンプまで逃げ帰った少女たちは、けれども追従の手を逃れられなかった。



 いつからか、それとも最初からそこにいたのか。巨大な黒い肉塊が特徴的な鮫頭を有して、洞窟のあらゆる箇所から湧き出てくる。おそらく最初から液状になって隠れていたのだろう。



 やつらは狡猾で傲慢、先日の資料を垣間視る。その意味をアイラはようやく理解した。

 ことの重大さを感じた部隊は強行突破を謀った。幸い、話に聴いていたやつらの戦闘力はそれほどではなく、少女の実力でもなんなく仕留められた。



 なんとか地上へ帰還した彼女たちは、予め用意しておいた爆薬を使い、鉱山の入り口を崩落させたという。




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