第24話『冷炎』


「―――――――ッ、我流っっっ!!!」



 反射を上回る裂帛れっぱくが雷鳴をはばんだ。なりふり構っていられない、余裕を捨てた咆吼ほうこうが蒼白いいかづちを切り裂く。


「【冷焔・鶴ノ羅山】!」



 ――火炎。本来の彼が垣間見えた、一瞬の焦り。

 ガギィィィィンっっっ!! 刀身がひびく。

 激しい衝撃が腕に降り注いだ。けることも、まして受け流すことも許されない衝撃。柄からわずかに手を離せば、確実にこちらの首が跳びかねないほどの雷獄らいごく



 悲鳴を上げる刀に叱咤しったしながら、ありったけのマナを注ぎ込んだ。僅かに、最条の剣が気圧される。



 息継ぎも忘れる気合いと迫力で、空間にひずみでも生み出すかのような衝撃と引力に体がもつれた。そのまま、双方とも反対方向に吹っ飛ばされる。



「……っ、はぁ。……おいおい早過ぎるだろ――」


「――いまのは驚いた。確実に仕留めたと思ったのにな」


 土埃を払って、最条が再び立上がった。巨大なブレードをいとも容易く振り回し、肩を回している。どうやら、まだやる気らしい。


「そろそろまともな武器でやってらどうだ?」


「……っ」


 そういう最条の目線の先はオレの手許にある。無惨に砕けた刀だった。刀身の半分以上をもって逝かれて、もはや柄だけの状態のそれにオレは苦笑いする。


「またかよ」


 折れた刀に舌打ちして、土埃に汚れた軍服を払った。乾いた表情がいまだ無傷の最条を横目がちに見上げる。


 まさか、人間相手にここまで苦労するとは………。反則級の強さ。これが武鬼ベルセルク


「なるほど、アンタの強さはホンモノだ」


 浮き世離れした戦闘能力。アルヴァでさえも反応の鈍る、まさに《蒼雷》。温室育ちとは思えない、天武の才。上に立つ者として、これほど実力のある男はいないだろう。


 纏うマナは火花を撒き散らし、未だ凄まじいプレッシャーが肌身に切り立つ。


「――――」


 すこし――、魔が差した。それは仮面の男鬼灯アルヴァとしてでない、本来の彼の目。


「どうやら、これ以上の手加減は無礼なようだ。ならばこちらも、本気で望もう」



 同時にかねてからの戦慄を紐解く。


 こいつはいずれ絶対に我々、、の脅威となる。紛い物ではない、ホンモノの戦士として、この男は生かしては危険だ。



 拳銃と折れた刀を翳す。手持ちの武器はこれだけか。内心の落胆を悟られないよう留意しつつ、銃口を向ける。

 本能的に。暗殺者の経験を持ってして断言できるまだ見ぬ刺客。



 今ここで、確実に――――殺す。



    ☨  ☨  ☨



 アルヴァの目の色が変わったのを、観覧席で見ていたアイラは見て取った。

 この一ヶ月、青年は何事においても涼しい顔でそつなくこなしてきた。彼が私心や内面を吐露したところを、アイラはまだ見たことがない。



 そんな彼が。初めて余裕のない表情をしたのだ。

 否、余裕を捨て、全力で相手を撃ち呑めさんとする、闘志ほのおの現れ。

 その眼力がびんっと空気を張り詰める。



 にわかに戦慄を覚えた。ただ見ているだけなのに、緊張の痺れが脚を鈍らせる。

 それは目の前にいる最条もまざまざと感じていた。



 呼吸が変わった――。



 先程とは動きが段違いだ。一足の踏み込み、たかがそれだけと油断すれば即座にのどを刈られる。そう予感させるものが、いまのアルヴァにはあった。



 青年アルヴァは折れた刀身をなお持ちて、前屈みに腰を沈める。

 表情は読めない。いや、見えずともわかる。空気の重み。

 最条のスピードをもってしても怯みを与える、圧倒的な威圧。


「ようやく本気――といったところだな」


 言葉の最後、火薬の閃光が破裂した。驚愕に二音。ここにきて、抜刀に見せかけたファニングショットが放たれる。

 マズルフラッシュを無視して、雷が地面に躍った。最条の雷光マナに弾丸は無意味。回避すらとらずに斬りかかる。

 が、直後目を見開いた。リボルバーを放り出したアルヴァがあまつさえ、鞘を捨てたのだ。あれでは、サムライクラス特権の抜刀術が使えない。


「抜刀術じゃない!?」


 観客が最条の思考を代弁する。そのかんにも最条の剣が迫る。

 折刀を逆手に換え、青年が応えた。


「脇刺し一刀――」


 無詠唱を捨てた、魔力過多の絶技。

 それを見た瞬間、同じく観覧席の緋色ひいろが目を見張った。


「あれは……!?」


 さきほど百川と呼ばれた少女だ。

 彼女は驚愕とともに立ち上がると、おもむろに審判台に向かって声を張り上げた。


「どしたー、ひめ?」


 審判であるフェイがきょとんと首を傾ける。


「フェイくん、急いで会長の周りに防御結界を張ってください……っ」


「へ?」


「速く!!」


「え? あ、うん。……て、ちょ!? てゆうか姫、どこいくの!」


 突然の激昂に頓狂する副会長を尻目に少女は足早に去る。なにに急いでいるのか、その顔は険しいものだった。ちりりんと鞘につけて鈴が忙しなく唄う。

 そんなやりとりを余所に、ステージでは最条とアルヴァが激しくつばぜり合いを繰り広げていた。


「折れた刀でなにができる…っ」


 言いながら、最条は焦りを抱かずにはいられなかった。

 さきほどまでの耐久値が嘘だったように、アルヴァは折れた刀身で何度も剣をしのいでいた。6度。刀が折れて、それだけってみせた。それでもまだ奴は崩れない。


(攻めきれない……っ!?)


 わずかに表情を濁して、驚愕を舐める。まるで折れた拍子に剣に厚みが帯びたように、あの刀――切れ味も耐久も増している。

 考えて途中、アルヴァを象っていた輪郭が霞んだ。


「速い!」フェイが吠える。


 だがそれは最条とて同じ。ほとばしる蛍火いなびかりを載せて、マナを解き放つ。

 消えたやつの気配は――――右、左、背後、正面―――……


「そこか……っ!!」


「我流――」


「間合いだ!」


 ソードスキルを展開するアルヴァを雷獄の鎖が拘束する。間髪入れずに繰り出した超高速の九連撃ソードスキル【月華螢げっかぼたる】。

 飛来――、そう形容するに相応しい速さで剣が消えた。薄青いライトエフェクトが幻想的な乱舞を躍る。

 空気による摩擦は疾雷を呼び、遅れた激譚げきたんは勝利の凱旋よいんかに思えた。しかし――。


「【氷華ひょうかくべり】」


 バチチと、その雷音が弾けた。雷撃が跳ね返されたのだ。さきほどの激譚よりもさらに上の大きさで、【月華螢】の光が粉砕される。

 直撃する瞬間の、わずかの。アルヴァはそれだけで、最条の攻撃を斬り伏せたのだ。



 さきほどまでの動きとどれとも異なる、圧巻する速さ。

 最条の眉がほんのわずかに力む。

 その隙をアルヴァは見逃さなかった。


  


『――ソードスキルとは、謂わば固定観念の象徴です』


 アイラはまざまざと眼前の教師がいっていたことを思い出した。


『たとえ獲物が刀だからといって、なにも刀専用のソードスキルを使う必要は無いのです』


 比較的形状の近い細剣のソードスキルなら、繰り出すことも可能だ。

 アイラの双剣も同様で、二刀連撃を無理に行う必要はない。

 もちろん、他系統スキル使用は困難である。だが――



 実戦において、相手の隙をいかに突くかで言えば、固定観念を崩すことは有利になる。




 折刀を中心に九つの星片が光彩陸離にほこる。

 それは呼応するようにひらめくと、刀の軌道に合わせて、直線上の軌跡を描いた。


「あの動き―――細剣!?」


 傍らのユフィが驚愕する。十連撃細剣ソードスキル《パッション・ベクタ》の燦爛さんらんたるスカイブルーの光が最条の体を貫く。


「―――っ!」


 最条の目が明らかな驚愕を張った。だが流石に対応も早い。すぐさまマナを体に集中させて防御をとる。

 アルヴァの追撃は止まない。遊撃のスパークで自ら腕を焼きながらも、構わず前にでた。


「……チィッ!!」


 がら空きの最条はそのまま光に串刺しに――

 直後、爆煙がふたりをつつんだ。


「!」


 客席がどよめく。一瞬遅れて爆風の中から二人が飛び出した。

 審判台のフェイが、感嘆の手を叩いた。対するアルヴァは、口惜しそうにぼやく。


「……っ、直前に神聖術を……」


「刀にマナを集中させすぎたな……」


 再び彼らが顔を見せたときには、すでに二人とも息が切れ切れだった。

 お互いまともに相手の攻撃を食らって体力を大分消耗している。


「――ひとつ、申し上げてよろしいですか?」


「なんだ」


「これ以上やってもジリ貧なようですし、そろそろここで終いにしましょう」


 まるで折れた刀が程よい長さとでもいうように、柄を手玉のように回してアルヴァが乾いた笑みを浮べる。


「ああ、そうだな」


 土埃をはたきながら最条が立上がる。


「では――」


 青年がふたり、同時に構える。


「「次で」」


 僅かばかりの刀身と装甲の剥がれたブレード、両方に爆発じみたマナのうず


「「殺す終わりだ」」


 空間が拗れんばかりにスパークを趨らせた。刀身に集中した雷光が蛍火に似た残留を置き去りにする。


「――【鬼社納言・阿修羅】」


 静かな、しかし直感してわかる、最条の必殺だった。暗夜をなびく縦横無尽の雷太鼓が周囲の光すら押しのけるほど炸裂する。


「力を貸せ――、【怠惰シープス】」


 だがアルヴァは冷静だった。おもむろに唱えると、その顔に仮面が浮かび上がる。それがなんなのかわからないが、恐ろしく奇怪な現象なのは確かだ。

 なにか来る。躊躇わずソードスキルに身を任せながらも、最条は残りすべてを防御に注ぐ。

 そんな彼の警戒を嘲笑うかのうように、アルヴァの刀が回る。

 凍えるような冷気マナ。だがしかし、それは氷を象ったものではなかった。

 触れたものを灰まで凍えくべる真に熱い、鬼灯おにび


「目には目を歯には歯を――鬼には鬼を、だろう?」


 蒼暗い雷光を呑み込む蒼焔。神をも灼き殺すそれは、いつかみた災厄の再現である。

 悪いが死んでくれ、と聞こえたのは最条が敗北と死を直感するまさにその時だった。無慈悲なほどあっけなく、刀身がその身を捉える。



 だがそこで、唐突に攻撃が左に逸れた。最条とアルヴァが、驚愕に包まれる。

 逸れたのではない、逸らされた、、、、、のだ。最条でもアルヴァでもない、第三者によって。


「染ノ宵――絢桜けんざくら


 右斜めからの突然の一閃。一瞬、なにが起きたのか解りかねた。

 薄桃の花びらが、はらはらと空気に残留する。


「双方、剣を収めてください」


 桃色の髪をした少女、百川が刀を抜いて立っていた。

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