第23話『蒼雷』

 学園の熱気はひとつの修練場にあつまっていた。どこから聞きつけたのか、フィールドを囲む階段状の観覧席にはぞくぞくと生徒で埋まりつつある。まばらだが、あまつさえ教官までもが見に来ている。




 ベルセルクとの決闘であるが故に、興味本位に観覧というわけではない。

《武鬼》の次期当主である最条。《略奪》許嫁であるアルヴァ。2人の仕草、剣筋、技のキレと、その表情はこの試合を娯楽ではなく、品定めの一環として見ている。さすが選ばれた百人といったところだ。一般学生とは一味違う。



 幾百人が軽く収納できるその最前列で、不満げに、アイラはステージを窺っていた。


「……あのバカ」


 苛立ちの混じった声音は届かず、喧噪にかき消される。目線のさき中央には二人の青年が相対あいたいしていた。


「あっちゃ~、すごいことになってるね……」


 そう言って苦笑するのは、同様に騒ぎを聞きつけたユフィだった。


『は~い、それじゃあ会長と鬼灯アルヴァの決闘デュエルをはじめま~すっ。審判はわたくし、副会長ことフェイ・L・ローガンがお務めしまーすっ』


 揚々とした声で拡声器が唸る。


「フェイ、ほどほどにな」


 審判台に上がったフェイにフィールドの疾羽が苦言した。


「わかってるって」


 軽い口調で返す副会長に、やれやれといった様子で肩をすくめる。


「さて、そろそろいくか?」


 向き直った最条が構えろと促す。


「あまり威勢が良すぎると、負けたときに後悔しますよ?」


 軽口を叩いて、オレと奴は睨み合った。

 最条の装備は大剣一本のみ。通常、制服越しに何かしら鎧防具を身につけるのに対して、彼からその類いは見られない。防護を捨てたスピード重視の戦闘スタイル。


『じゃあ、いっくよー!』


 フェイの手が高く掲げられた。最条は依然、剣を地面に突き刺したままだ。

 眼光を研ぐ。観客の雑音を削いで、必要なものだけを視界に残した。敵の位置。



 柄頭をなで、そのまま鞘をなぞった。くちゅっ。卑しくとも聞き慣れた音が抜けとせがみ、マナを添える。



 腕が完全に振り降ろされるまえに地面を蹴った。なにも開始まえに不動のルールはない。


「はじめっ!!」の合図のもと、最条の懐に刈り入れる。


 初対面のふし、相手の出方がわからない以上こちらから先手を打つ。様子見が出来るほどの相手ではないのは、初手で把握済みだ。



 裂帛が奔る、にもかかわらず目前の最条は微動だにしなかった。おもむろに大剣を片手で掴み、そこに煌々とした光が生まれる。



 その意図を悟ったオレはとっさに体を右に投げた。



 直後、峻烈な光が視界を薙いだ。切り上げのソードスキル。

 斬撃に巻き込まれた地面が、角張った砕石を吹かせる。上手い。



 滂沱のごとく四方に俟ったそれは、ひとたびオレの視界覆って動きを制限する。

 ヘタに避けていては追撃に間に合わない。退しりぞきながらおもむろに手首を捻る。

 刀身を横にして器用に回すと、即席の盾が石を刻んでいく。



 けれど防ぐのもつかの間にその隙を突いて、最条の影が目を見張る動きで迫った。速い。岩を避けながらの攻め。自分の特性をよく理解している動きだ。


「――ッ」


 考える暇など与えられない。二秒後には最条の手がオレの胸倉を捉えていた。

 だがそこでパリンと、乾いた音が最条の耳を打ち据えた。否や、アルヴァの体が瓦解を起こし始めた。




 疾羽の目がわずかに開かれた。

 切子細工の破砕音がわずかに彼の動きを鈍らせる。



 遅れて、頬にぴりりと冷温が奔るのに気が付いた。陽光がかすかにその粒をとらえる。


「……氷分身」


 見れば、飛び散りゆく砕石の表面が最条の像を映しだした。極小限度の氷面。万華に咲く薄い氷面は虚像を幾重にもつくりだして、アルヴァの位置を曖昧にする。



 砕石を避けながら並行して神聖術で氷を植え付けていたのだ。

 鏡の迷路となった視界で動くことのできぬ最条に、離脱したオレは容赦なく銃口を向ける。


「ずいぶん戦い慣れしているな」


 ところが、最条は巨剣きょけんを水平に構えると――


「ぬん!」


 重い気合いとともに、大剣を横に薙いだ。周囲に満ちていた砕石がたちまち吹っ飛ばされる。


「くおっ!?」


 弾岩の嵐に驚愕を飛び越えて、咄嗟にガートをとるが、激しい砕石が腕を打ち据えた。


「……マジかよ」

 常識ならぬ空切からぎりに、表情を引きつらせて最条をみつめる。


「なに、不意打ちでやれるとは想ってないさ。――にしても、速いなおまえ」


 剣を左右に払って、最条が感心したように鼻を鳴らした。


「そっちこそ。そんなバカデカい剣をよく片手でぶん回せるわ」


 軽口をたたく余裕はそのまま、戦況は振り出しに戻る。


「さて、お色直しといこうか」


 わざとらしく構える永久の口角はいまだ薄い。


「―――――っ」


 マズいな、コレ。まさに鬼のような馬鹿力。どんなステータスしてんだよ。

 単純な動きのひとつひとつが致命打に等しい威力。まともに喰らったらひとたまりもない。



 それにあの大剣――あれ絶対ヤバいやつやん。纏う空気でわかる、あれは魔剣だ。対人戦でなんてもの装備してやがんだ。



 刀と大剣、単純な力比べじゃ圧倒的に大剣あっちに分がある。

 比べてこっちは………市販、品――。安物なんて持ち歩くんじゃなかったと、いまさらながら後悔する。



 直接の混じり合いは一回が限界。あくまで抜刀はできないということだ。

 いつのまにか脇目から迫っている大剣に舌打ちしながら、仰け反るようにスレスレで避ける。



 風切音を引きながら剣がうなる。

 首筋コンマ、二ミリのズレで空気が掠る。が、かわしたところで素早く切り返されてしまう。

 さすがに脳が危機感を覚え、血流が早まっていく。



 追撃が三度みたびアルヴァの神経を抉った。抜刀をするわけにもいかず、鞘でそれらを受け流すしかない。すこしでも気を抜けば殺られる。ていうか、動きが速すぎる。これじゃまるで片手剣だ。



 そのくせ一撃一撃の打撃が重い。通常、反比例なはずの二者が驚異的な身体能力で可能にする絶技。



 到底、対処できるものではない。完全に受けきるのは不可能か。

 こちらの煩悶をやつはどう読み取ったのか、呆れた顔をする。


「考え事もいいが――あまり余裕でいてくれるなよ?」


 後半の言葉を耳元で吐き捨てながら、背後の威圧にかがみ込む。凜とした斬空音。確実に仕留めることを考慮した斬り込みが容赦なく放たれる。



 こちらも腰を落としながら脚刀が最条の足元を刈り取る。続いたブレイクダンスが脇腹を右足で薙ぐ。が、硬い。



 すかさず体を捻り、右手を奴の足首に引っかける。蹴りの勢いはそのままに回転し、ガッチリと掴んだその足を掬いとる。態勢の崩れたうなじを踵を使って蹴り落とす。



 そのまま2,3回転。手のひらのマナによる震動を地面と空気の間に起こし、距離を置いて着地する。



 回転の間に火花を散らしたバレットラインが、素早い斬り返しを喰った。銃弾を斬る。ただの弾幕のつもりだったが、その全てを最条は払いのけた。


「その刀は飾りか? サムライ」


「ハッ、まさか」


 吐き捨てて眼光を射貫かんとする大剣の突きをかわし――間に合わない。抜刀してブレードの軌道を受け流す。僅かにズレた軌道が頬を浅く抉った。



 金属の擦れる歪な音がうなり、刀身が目に見えて綻ぶ。やはり交えるのはムリか。



 いまのは防げたが、損傷が激しい。

 感じたオレは次の袈裟懸けを真正面に、やつの懐に飛び込んだ。



 剣が繰り出される前に、クロスした腕がその握り手を受け止める。がちんっ、と硬い音が袖先の尺骨に嵌った。スキル外体術『無刀――水流し』


「――――ッ!」


 最条が僅かに顔を歪ませ、剣圧を上げた。両の腕がみしみしと軋む。剣の重量か最条のマナか、徐々に脚が床に埋もれていく。マナを集中させていなければ骨が折れているだろう。



 態勢が崩れるまえにあらん限りの力で剣を押し返した。

 無骨なブレードの中腹を拳で打ち返し、くいっと指でおちょくる。


「ほう」


 最条の目が獣じみていく。同時に地を蹴った。

 拳と巨剣が接敵する。その光景はさながら、荒れ狂う竜を癒やす川の対流のように、酷烈な剣舞をアルヴァはいとも容易く払いのける。



 雷光のごとき最条と流水のごときアルヴァ。

 観るものを圧倒する動きに当事者を除いたすべてが置き去りだった。


「……すごい」


 客席から眺めていたアイラは思わず口解いた。すさまじいほどの剣圧の乱舞。ここからでもそれが痛いほど伝わってくる。観ているこちらが呼吸を忘れる、最条の剣捌き。



 そして、そのすべてを片手一本で受け流している青年アルヴァ。当たれば致命的になる斬撃のひとつひとつを丁寧に削いでいく。



 どうしてか、こんなに息急くのは。まるで自分があそこにいるみたいに、二人の立ち会いに見入っている。


 あれが私の超えるべき高み――。


 無意識の戦慄は、鳥肌として体に表れる。あれだけの武器を、マナを。手脚のごとく操り、それなのに決定打のない拮抗のふたり。



 剣圧が幾度となく地面を削り、そのたびにアルヴァが瞬足の立ち回りを躍る。



 最条もさすがといったところだろう。貴族育ちからは浮き世離れした冷静さと無慈悲さを兼ね備えた稀代の才。



 脚元がどんどん抉りとられていく感覚にオレは内心舌打ちを吐いた。これではジリ貧だ。なんとか格闘戦まで持ち込めば打開できるのだろうが、最条のガードが厚い。



 青年が煩悶しているのと同時に、最条もまた苦心していた。

《武鬼》の攻撃力と敏捷性を持ってしても、致命傷を未だ与えられていない。


「まったくいい動きだ。うちに欲しいな」


「生憎、オレはアイラ一筋なので」


 動きはまったく手を抜かないまま、ともども軽口を叩く。


「……少々本気を出す。悪いが、死ぬなよ?」


 硬直に飽きだしたのか、おもむろにオレを払いのけて、最条が呟いた。


「へえ、まだ序の口とおっしゃる――――」


 言い終わらないうちに、最条の姿が消えた。蒼暗い光がオレの真横を通過する。


「っ!?」


「【天の糸―――】」


 それを最条だと認識するよりさきに、やつは口を開いていた。

 耳元で微かに声が聞こえる。本能的な寒気が指先を滴った。


「【夜叉斬り】っ!!」


 空気がはしった。稲妻。空気そのものを引き裂いたような音が光りと一緒に、放たれる。あまりにもその光が強すぎて、周囲の影が途端に消え失せた。



 死を直感する、トドメのやいば。有無を言わさず繰り出されたそれは、触れれば四肢を八つ裂くだろう。鬼でさえも畏れ戦く、一刀両断。





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