第25話『枝垂れの桃画』

 それが剣技だということに気が付いたのは、喰らって数秒もあとのことだった。



 言うなれば、なぎ



 静謐なまでの殺気。研がれた鋭さとは違う、限りなく自然体のそれはオレに悟られないまま、数ミリ単位の精密さでつかのみを斬り飛ばしたのだ。

 剣圧で横に薙ぎ払われたオレは不格好に転げながら、彼女を見つめる。


「双方、剣を収めてください」


 静かに、けれど威厳をもって少女が言い放つ。確か、百川という少女だ。

 刀をぎらつかせてとる表情は、華奢で遠慮がちな印象とはうって変わる。

 黒い刀身に真紅の波紋――、見るだけでわかる一品。あんなものをあの細い体に携えていたのか。


「百川……どういうつもりだ?」


 滲んだ汗を拭って最条が唸るように問う。その声は苛立ちをも含んでいた。


「すいません会長、ですがここはどうか剣を収めてください」


 彼の試すような目にわずかに怯みを憶えた百川だったが、凜とした瞳は変わらない。


「――――どうやら、ここまでのようですね」


 もはや柄ですらなくなった鉄屑かたなをぶら下げて、おもむろに立上がったのはアルヴァだ。


「どうせさっきので終っていたのですし、べつにいいじゃないですか」


 なんだなんだと観覧席がどよめくのを尻目に、はにかんで見せると最条のほうはまだ不満げだった。


「逃げるのか」


「まさか。見逃してあげるの間違いですよ。それともあのまま続けていれば、どちらが勝ったかは明快……おっと、これ以上は小言ですね」


 レディの忠告も大切ですよ? それきりくるりと背を翻したアルヴァに最条はそれ以上言わなかった。


「待ってください!」


 けれどまたしても、百川に足止めを喰らってしまう。あの華奢な腕にさきほど盛大に薙ぎ払われたのか、内心落ち込んでいる身としてはいささか顔を合わせたくない。


「………なんでしょう?」


 複雑な内胸を抱きつつ、微笑みを崩さずに応える。


「あなたは何なのですか。何になろうとして、何になれなかったのですか」


 少女の目は哀しんでいた。目を張る、なにを言っているのかと、唇が声にださず吐いた。しかし彼女を一笑に伏すことを、オレは出来なかった。

 少女へ向き直る。桃色と思われた髪は、違う。儚さを孕んだ春の枝垂しだれ。


「――求めたものは、何もない。何もなかったんだ。何もない奴が何者でもなくなっただけ、それだけだよ」

 

 自然と声がでる。会話はそれきりだった。それで彼女が納得したかは知れないが、オレはもう翻って歩みを進めていた。


「……」

 

 少女は遠ざかる青年を厳しい表情で眺めるのみだった。


「百川」


 その肩に手が触れる。最条の細い、しかし逞しい指が意識を連れ戻すように少女を叩いた。


「すみません。会長……私」


 振り返った百川は以前の遠慮がちな彼女に戻り、それを見て最条も安心した。


「いやいい。オレも調子に乗りすぎた。お前が止めてくれなかったらきっと……」


「おっ二人さ~ん、僕の結界があったことも忘れないでよ?」


「わわっ、フェイくん!?」


「良いムードなとこ悪いけど、観客締め出すから姫も手伝ってー」


「むむむ、ムードって!!! わ、わたしそんなつもりじゃ……はわわっ」


 ぼふっと顔を赤く膨らませる少女を無視しながら、副会長の事務的な声が拡散する。


「はいはーい、みなみな様―っ! 本日はこれにてお開き。ささっ帰った帰った」


 拡声器で退出を促すフェイの後ろを最条もボロボロになった愛剣を担いで追っていく。


「百川、いくぞ」


 いまだ体をくねらせている乙女に笑って、


「あ、はい!」


 と駆け応え、青年のもとへと急いだ。

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