第19話『反撃の狼煙』
「早速でなんだけれどね、つい先月、
当然のように告げられたことばを合図にぜんたいに動揺の声がはしった。
そうきたか。あれだけ派手に殺ったのだからいまごろ記者が躍起になっているだろうとは思っていたが、まさかここで口頭とは。
その目が一度こちらに向いた。にたぁと醜悪なしたり顔に呆然と口をあける。
「前線で多数の戦死者。ディーヴァの勢いは増し、カルナ支部は全滅。損害はゆうに3000を超えて政府は早急に対策を練っている……と、まあこんな感じだね」
ことの大事をつげる彼女は、それに反して眠そうだ。やつにとって損害など些細なことでしかない。きっと聴衆の反応を見越してやっているな。
「これは極秘事項だ。以後この話題を持ち込むのはいろいろだめになるんだけど……まあいいさ。本題に入ろう」
結構重大な告知をあっさり終えると、集まった群衆に両腕をひろげた。
「ようこそ諸君っ! 僕の学園へ!」
ぱっと花開く黒百合に生徒たちは戸惑った。アップテンポな話の流れに、状況の整理がつかない。
けれどお構いなしに彼女は続けた。軽やかに、いっそ清々しく。
こうして一様にオレたちが集められたのは他でもない。彼女の命によるものだ。
東西南北それぞれ100人ずつ招集をかけ、総勢400人の
「諸君らのなかにはくだらないと一笑に伏すものもいるだろう。しかしこれは必要なことだ。ディーヴァの侵攻は未だその一途を辿る」
壇上の彼女はいままでの優雅さに反した厳かな口調で続ける。
100層にもなる巨大地下ダンジョン。既に9層まで攻略されているそれを残り91層のまで上り詰めなくてはならない。
そんなものをいま、この段階で行う目的は2つ。
何千、何万の時を経て形成された各階層は、太古の昔より出でた魔獣が守護者として女神の安眠を守っているという。
いってしまうと階層ひとつずつが神代の世界といっても過言ではない。またそこには古代兵器の類や神器などが眠っているそうだ。
故にここで経験や鍛錬を積むことは前線への即戦力に繋がる。つまり戦力の増強である。
だが、ただ迷宮を攻略するといっても意味がない。1人が突出して強くなったからといっても、それで戦局が大きく変わることはまずない。
多種族の比べてはるかに非力な人間では、単一的な強さなどないも同然。
だから戦闘のほとんどは集団戦になる。日頃からパーティを組み、いつなんどきでも連携が取れなくてはならない。そのための
彼等はまだ若い。戦時とはいえ、未来ある若者を死地へ赴かせるのは、大人にとって些か気が引ける。
最前線での千を超える死傷者。加えてマナ能力者の人口は国内で三分の一にも満たない。その数は有限だ。おいそれと死なれてはこまる。
学園は謂わば大規模な強化育成の場であり、新たな先導者たちを守る最後の城壁にもなっているということだ。
「学園といっても、中身はギルドも同然だ。貴族の花園とは違って、ここは誰もが命の責任を自分で取るしかない。そこらの修剣道院とはわけが違うと思いたまえ」
あくまで主軸は生徒という意図だろう。
主な運営も生徒会がほとんど執り行い、教官はいてもいないような存在だ。
4つの学園で競い合わせることで攻略のはかどりを図り、学園全体を一国として未来の覇権争いの手腕も培わせる。
戦闘であれなんであれ、要は習うより慣れろ、ということだ。
「まあ、大変だと思うけど頑張りたまえ」
期待しているよ、やすらかに微笑む号砲とともに、かくして学園は連帯を開始した。
☨ ☨ ☨
「……はぁ、ギルドから除外して何をするのかと思えば、学生ごっこなんて……。おばさまはなにを考えているのかしら」
終了後、まばらに散る生徒たちを横にアイラが口をすぼめる。脇目にうつる生徒たちからも同様の声が聞こえた。その目には漠然とした不安と動揺を抱いている。
アイラの不満ももっともだ。青年とてそれは同じ、だが彼の場合、立場が違う。
北が陥落したという危機的状況にしては、対処が緩すぎるのではないか。前線に新たな戦力を投入するという話も聴いた限りではないし、事態をそう重く受けて止めてないようにしか思えない。
裏があると考えるのが妥当だろう。やつの笑みは醜悪であると同時におどろくほど自然なものだった。それが何を意味するかはわからないが、なにか企んでいることには違いない。
「ふ~ん。私はそうは思わないなぁ」
その耳に相づちめいた声が届いたのは、アルヴァが結論づけるのと同時だった。背後からのものだったので振り向くと、その顔には見覚えがある。
「ユフィっ!」
「やっほー。また同じ所属だねっ」
「ぜんぜん知らなかった。もうっ、そうなら連絡してよー」
「あはは、ごめんごめん」
はつらつとした笑顔が輝く。遅れて、ああと合点がいった。出で立ちこそ異なったが、以前アイラの任務で見かけた副隊長だ。
襟シャツのうえにパーカーを羽織った少女は、子犬のようにはつらつとしている。戦闘慣れしているらしく、所々にわずかな膨らみが見える。
きゃっきゃと親友と談笑するアイラが、そういえばとこちらに向き直った。
「まだアンタにちゃんとユフィを紹介してなかったわね」
きょとんと首を傾ける少女は自分の名前が呼ばれるとアルヴァに気づいたのか、改まった表情をした。
「ユフィ・シナプキンです。初めましてじゃ、ないですけど」
細く骨張った指がうすい鎖骨に触れて、照れくさいようにわらう。
「私の学生時代からの友人よ。同じ飛び級で、この前まで隊の副隊長だった」
「ユフィさまですね。ええ、覚えていますよ。先日はどうも」
「いやいやこちらこそ。おかげ様で無事任務を終えれました」
「いえ、オレは当たり前のことをしただけですよ」
はtらつとした声で応対する少女に、青年もしとやかな笑みで応える。瑠璃色の瞳がわずかに
「それにしてもシナプキン……、聴いたことのない家名ですね」
「ああ、私もともと平民あがりだから」
「それは――っ、つかぬことをお伺いしました」
「いいよいいよ、ぜんぜん」
謝罪するアルヴァに彼女は笑顔を困ったように苦笑した。おそらく言われ慣れているのだろう。余計なことを聞いてしまった。
しかしアイラと同じで修剣道院を飛び級したという実力は凄まじい。貴族としての伝統なく、わずか一代でそのキャリアを築いたことは驚くべきことだ。
「アイラとは腐れ縁でさ、二人ともぼっちだったから自然に仲良くなったわけなんだ」
「ちょ、私はぼっちじゃなかったし。ただ他人となれ合う余裕がなかっただけで――」
「はいはい、いつも半泣きで教室に残ってた子は誰かなぁ?」
「だからっ! 違うわよ! ………違うからね?」
アイラ嬢、それはほぼ言ってるようなもんですよ。親友からの意外な事実を知りつつ、触れないでおくのが紳士の務めだろうと、聴かなかったことにしておく。
必死に弁明を述べるアイラを無視しつつユフィ嬢に向き直ると、鼻孔を擽った香りにはてと首を傾げた。
「……もしかして『ジャック・コティー』のシプスキンですか?」
「うちの店を知ってるの――?」
ジャック・コティーといえば、南西の僻地にある一年中咲き誇る花畑を本店とする知るひとぞ知る名店だ。もとは地元に根付いた小さな店だったが、いまはその人気が功を奏して貴族界隈でも話題になっている。
「はい、もちろん。北にいた時代、同僚が使ってたんですよ」
そう言って彼は穏やかにわらった。遠いものを見るような目はなんの憂いだろうか。
「今使ってるのは、『
「すごいっ、物知りだね!」
「なんでそんなの知ってんのよ、アンタ……」
「紳士の嗜みですよ。それにしても、とても上品な香りだ」
「な、なんか照れるな~」
若干引き気味のアイラを余所に会話の花開くアルヴァたち。
あまり調子に乗っていると脇目からのじっとりした目が怖いのでほどほどに切り上げると、ユフィがなにやら思い出したように交互に二人を見詰めた。
「それにしても二人って―――」
アイラと青年に視線を行き来すると、にたぁと口元を曲げる。
え、なんですかその笑みは。いま変なこと考えたでしょ、絶対。
「ふふんっ、やっぱり仲良しさんだねぇ。さすが将来を誓いあった仲だよ~」
途端、それまでのアイラの表情がパキンと割れ、渋い顔をした。
……そういえばユフィ嬢。確か
おそるおそる傍らを見ると、たいそうな剣幕のアイラの姿があった。あー。
「違っっっっっっっっっっうっ! 違うわよ、違うのよっ。こいつと私はなんでもないのっ!」
「ええ~、ほんとかなぁ」
「ほんとよ! ……まったく」
にやにやと悪い笑みを浮べる親友に、ムキになる主人。当人からすれば全面拒否案件だが、端からみればなんとも仲睦まじい光景。
友人のまえでは、ああやって年相応の反応もするのだな。図らずも少女の意外な一面を発見したアルヴァであった。
「んじゃ、アタシまだ手続きが終ってないから。またね~」
しばらく談笑したのち、ユフィ嬢が離脱する。大半の生徒は寮通いであるらしく、ユフィ嬢も入寮の準備があるようだった。
「またね」
カレッジ方面に歩きはじめながら、アイラに手を振り替えした。いつもはフードを被っているようで、会話が終ると紫黒の陰が軽やかに消えていく。あれだけを目深に被っていると顔がよく見えない。
「ユフィとなら攻略も捗るわね」
見送った瞳を戻して、アイラが呟いた。表情はさきほどより穏やかで、ユフィ嬢との会話が安心感を生んだのだろう。
「………」
けれど、そんな少女とは裏腹に青年は瞳を戻さなかった。既に見えなくなった少女の陰を、今なお見つめている。
しかしそれもつかの間、アイラが気づく前には翻っていた。
「ではお嬢様、明日に備えて買い出しにいきましょう。今日は、アクアパッツァにしたいですね」
「ええっ、私もいくの?」
「当たり前です、お嬢様にも少しばかり良い食材を見極める力をつけてもらわないと。もしサバイバルで山に籠ったときに、食材調達は自足ですからね。」
「はいはい、勉強勉強ね」
青年の言葉を流しながらステップを踏む彼女は先へいってしまう。
「――ああ、そうそう、言い忘れていましたが」
そこで青年の声が再度被さった。再び青年の戯言を耳にするのに眉を吊り上げて、億劫そうにジト目で睨む。
「お嬢様は攻略など行かれませんよ」
「……?」
そんな彼女を嘲笑するかのように、青年の微笑みは醜悪だった。
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