第28話疑念
しばらくの間、分かりやすい動揺を示してから、晶は大げさにため息をついた。
「良くわかったわね。上にあることないこと言って、貴方を逮捕拘留させようかなって、言おうと思ってたんだけどねー」
「堂々と、酷いこと言いますね。いい大人が」
「大人だから酷いことを言うのよ。で、一応聞くけど、脅すんじゃ駄目?」
「腐気注入しますよ?」
「そっか、地上ならともかく、腐女子の地下帝国じゃあ、信親君のほうが、強いわよね」
嫌味な言い方をする晶だが、勝者の立場である信親は、敗者の晶に腐されても、痛くも痒くもなかった。
「ま、実家みたいなもんですからね。母親と妹が、一口も二口も噛んでいるらしい地下帝国ですから。ここは」
「実際、困ってるのよ。なんとかならない? できるだけのことはするわ」
「ん? 何でもするって言いました?」
「なんでもとは、言っていないわよ。できるだけ」
急に警戒を始める晶を、俺は問い詰めにかかる。
「その程度の覚悟で、俺に死地へ向かうよう説得するつもりなんですか」
「捕まっても殺されないでしょ。普通の人は、腐気を注入されて腐女子にされるだけだし、信親君は、幹部の家族じゃないの」
晶の言うことはもっともだ。
戦闘中でなければ、腐女子の殺人は稀だ。
女性なら仲間に、男性なら奴隷にするために、腐気を注入するのが、腐女子のやり方だ。
しかし――
「敵対すると、いえ、命令を効かないと、俺の家族は躊躇なく殺しにかかってきますよ。母と妹は、ロマンチックとバイオレンスが止まらないタイプなんです。他の家は知りませんけどね」
「大変ね。そういえば、お父さんがなにしているか記録にはないんだけど、何か知らない?」
「え? そんなはずないでしょう? 父の職業は、警察が掴めないような代物じゃないですよ。父は、父は、あれ?」
晶の意外な一言に動揺したせいか、父親の名も顔も職業も思い出せなかった。
「信親君?」
「いえ、なんでもないです。父のことは、知りません。すいません」
「家族なのに? じゃあ、お母さんからは、聞いてないの?」
「聞いてないです」
これはいったい、どうしたことだろうか。信親はどうにかして記憶を探った。
しかし、記憶が確かだったのは、大学に入ったころから今までの二年間程度だけだった。父親の顔どころか、小・中・高校の記憶さえ、あやふやだった。
どうもおかしい。なぜ今まで気が付かなかったのか、信親は、自分の迂闊さに愕然とした。
おかしなことは、あの静流のせいに決まっている。問いたださなければならない。
信親の決意も知らず、晶は少しだけ複雑そうな顔をして、勝手に納得していた。
「そう、まあ、色々あるわよね」
「ところで晶さん。俺やっぱり神殿までついていきますよ」
「いいの!」
よほど嬉しかったのか。晶は子供のように、無邪気な笑顔を浮かべた。
「でも、雇ってもらうって話、頼みますよ」
「もちろんよ。お姉さんに任せなさい」
「もし無理だったら、直接胸揉ませてください」
「え? それは、ちょっと」
条件を加えると、晶の顔が強張った。
「万が一雇ってもらえなければ話ですよ。それとも、確証がないんですか?」
「そういうわけじゃないけど」
「ならいいですよね。はい、決まり。じゃあ、早速計画を練りましょう。香住さん。ルートについて相談があるんだけど」
信親は、何か言いたそうな晶を無視して、黙って推移を見守るだけだった香住に、話を振った。
腐女子たちの挽歌 呉万層 @DIE-SO-JYO-
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