第8話 ご機嫌取り

 ごった返すというほどではないが、そこそこ人のいる町中で、信親は晶に囁いた。

「本当に、ここでいいのか?」

「ボクの忠告を無視して〝この世全てBL〟について話した、晶さんからの情報が確かならね」

 いかにも不機嫌そうに、そっぽを向きながら薫は嫌味を吐いた。

 晶に連絡を取ってから、ずっとこの調子だ。

 薫は、信親と視線を合わせようとしない。それでいて、辟易した信親がスルーしようとすると、尻を蹴り上げたり、後頭部に軽めの手刀を打ち込んできたりしてきた。

セーラー服姿の美少女? に蹴られたり手刀を撃ち込まれたりすると、酷く目立つので、仕方なく相手をしてやっていた。

 面倒なことこの上なかった。

 薫を刺激しないよう、静かにため息をつき、信親は周囲を見渡す。パッとしないブランドのアパレルショップ、不味くはないチェーンの飲食店とまばらな冴えない個人経営店、凡庸なスーパーマーケット、高級二歩手前の総合デパート、新しいがテナントに魅力の薄い駅直結のマンションビル、大き目な映画館、小綺麗な駅があった。

 信親と薫は、半端な発展具合の町を歩いていた。

 周囲を見渡しながら、魅力の薄いテナントばかりの駅ビルに入る。他に乗り込む者がいないことを確認してからエレベーターに、滑りこんだ。

「今は、晶さんを信じようぜ。わざわざ腐導会に、渡りもつけてくれたんだし」

「そうだね。信じて裏切られる経験は、きっとノブを成長させてくれるさ。人は、痛みを伴う体験ほど、大事にするというしね」

 気を取り直して語り掛ける信親に、薫はにべもなかった。

 薫は、視線を外したまま粘ついた嫌味を投げつけてくる。操作パネルのボタンを、晶から教えられた通りに押しながら、信親は反撃を加える。

「俺は、痛みを伴おうが伴うまいが、なにも大事にするつもりはないぜ。大切なモノが少ないと、人生楽だからな」

「なるほど。それでノブは、ボケ老人の年齢なみの成熟した精神を、お持ちなわけだ」

「理解をいただきまして、どうもありがとう。薫の人生が、晶さんの胸にように豊かであることを、祈ってやるよ」

「草葉の陰で祈りたくなければ、ノブの精神と同じくらい腐臭を放っている口を、閉じて欲しいね。できれば自主的に」

「嫌だね。閉じたら喋れないじゃないか。悪いが諦めるか鼻をつまむかしてくれ」

「ボクみたいな麗しい存在に、鼻をつまませようなんて、悪い根性しているね。キミのような男を、鼻つまみ者というんだろうさ」

 エレベーターが、侵入できる本来の最上階である十五階を過ぎたところで、信親は意地の悪い斬り返しをする。

「俺の家族が鼻つまみ者だからかな?」

「家族の話は、卑怯なんじゃない?」

「もちろん知ってるよ。俺は卑怯者なんだ。知らなかったか?」

 薫に一撃を加えたところで満足し、操作パネルのディスプレイが屋上を示した。

 エレベーターから出る。コンクリ打ちっぱなしの床に、巨大な室外機と白いフェンスばかりの殺風景な空間が広がっていた。

「本当に、エレベーターで屋上にいけたのか」

「晶さんの情報、信じてなかったのかい?」

 何度かマンションビルに来たことがあった信親が驚きを吐露すると、薫は早速突っついてきた。

「信じていたさ。ただ、普通ビルの屋上には入れないだろ? ちょっと感動していただけだ」

「こんな殺風景で感動できるとは、いい感性しているもんだね」

「感受性が強いんだよ、きっと。凡人とは違うんでね」

 信親と薫が軽口を叩きあっていると、甘い香りが漂い始めた。

「ん? ノブ、そろそろかな」

「お迎えが来たようだ」

 甘い香りのほうへ顔を向ける。いつのまにか、髪も肌も白い巫女の女が立っていた。

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