第7話 下からのマウント

 薫と二人残された信親は、しばし黙って智花の言葉を反芻していた。

 智花が嘘を言っているようには、思えなかった。

 急に、危機感が募る。半信半疑のまま、薫を見た。

「なあ、薫、今のは、智花の戯言だよな? お前や晶さんは、前に受けの印を俺に使わせたわけだしさ。死ぬかもしれない危険なモノ、使わせないよな?」

「……ゴメン」

 目を伏せ謝罪の言葉を口にする薫を見て、信親の心に、大きな不安が生じた。

「なんで謝るんだよ! 俺なんて、どんなに自分が悪くても、一切謝らないぞ」

「悪いって自覚があるときは、謝ろうよ」

「そんな正論は、どうでもいいんだ。なんで謝ったか、言え!」

「智花ちゃんの言ったことは、半分は当たっている。腐の印をただの男が使えば、普通なら死んでいるはずなんだ」

「でも、俺は生きているぞ」

「ノブは特別だからね。なにせ、あの北畠静流の息子だ。腐気に対する才能があるんだろうさ」

 薫の言葉に、粘り気のあるものが混じっていた。

 あのババアのせいで損することはあっても、得をすることはないはずだ。

 少なくとも、幼馴染に嫉妬される謂れはない。理不尽さに憤った信親は、反論しようとするが、薫が先に口を開く。

「でも受けの印は、強い力を使える半面、体にかかる負荷も大きい。耐えきれなくなるだろうね。腐浄士や腐太師クラスの上級腐女子でも、受けの印を使いこなせる者は、少ないくらいだ。ただの男ではないけど、やっぱりノブは男だ。たった二度使っただけで、体が保てなくなりかけてる」

「なんで、そんなことがわかるんだ。見かけ上、俺の体はなにもないぞ」

 信親の当然の疑問を、素人の戯言を聞いた専門家のように、薫はため息交じりに説明する。

「匂いだよ。僅かだけど、甘い腐臭がする。腐女子に臭いだ。男からこの臭いがするようになったら、死の宣告に等しい。いや、もっと酷い。腐男子になるぞ」

「腐男子? なんだそりゃ。ホモか?」

「まじめな話なんだ」

 チャカされたと感じたのか、薫は額に眉を寄せて睨んできた。

「おれも、まじめに聞いてる」

「男が腐気に当てられ続けると、腐男子になるんだ。本来腐女子になれない男が、中途半端に腐女子化しても、体内で作り出される腐気に耐えられない。体が腐食していくんだ。でも、腐気に対する最低限の耐性と治癒力はあるから、体が腐る端から治っていく。痛覚を遮断できるほど腐気を操る細かいスキルもないから、凄まじい苦痛にあえぐ羽目になる。しかも、寿命は延びるときて、腐女子界隈では〝腐男子は不断死〟なんていわれてるんだ」

「俺は、その腐男子とやらになっているというのか」

「正確には、なりかけているんだ」

「でも俺が白兎とやりあった時、腐の印を制御できたぞ。そりゃ、ちょっとはヤバかったけど、何とかなったじゃないか」

「才能があった上でギリギリ制御できたから、なりかけで済んでいるんだよ。制御に失敗していたら、完全に腐男子化していただろうね。ま、ノブは才能あるから、人類史上初となる腐男子の王になれるレベルの、凄い腐男子になっていたかもしれないね」

 白兎と戦った際、体の半分以上が腐の印に蝕まれたことを思い出し、信親は戦慄した。

 変色した部分の強烈な熱と痛み・痒みは、恐ろしくもおぞましいモノだった。

 揺らぐ視界は思考を妨げ、吐き気と頭痛は焦りを加速させた。

 あの感覚が全身に広がり、永遠に苛まれると思うと、黙るしかなかった。

 信親を見据えてくる薫を前に、何も言えずに、時間が過ぎる。とはいえ、あまり深刻にとらえても、状況が良くなるわけではない。信親は、努めて明るい態度で、打開策を薫に求めた。

「つっても、なんとかなるんだろ。俺の腐女子化、いや、腐男子化を治す方法とかさ」

「よくわかったね。あるよ」

 内心縋るような気分だった信親に、薫はあっさりと肯定をよこした。

 常連客の注文を必ず受ける定食屋のような態度だった。

 細身でミニスカナース姿の薫が、三国志の英雄豪傑と見紛うほど頼もしく思えた。

勢い込んで、信親は尋ねる。

「なんだ、あるんじゃないか。流石薫だ。信じてたぜ。絶対に儲かる話を持ってくる小学生時代の元クラスメート並みに」

「その元クラスメートは、絶対に信じないほうがいいと思うね。そうじゃなくて、腐宝を手に入れるんだ」

「腐女子は、存在自体が不法だぞ」

「イリーガルって意味じゃない。腐の宝って意味さ。腐の遺産、なんて呼ばれることもあるけどね。一般に知られていない情報なんだけど、高位の腐女子には、腐の神々から贈り物を授かることがある。腐気を帯びた武器や術具だ。鉄を軽々と切り裂く刀とか、短時間飛べるようになる宝玉とかね」

「どこにでも行けるドアとか、空を飛べる竹トンボとかあれば、便利だな。本当にあるのなら」

「茶化すなら、教えてあげないよ」

「スマン、つい余計なこと言いたくなるんだ。我慢は無理だ」

 あっけらかんとした信親の答えを聞き、薫の流麗な顔に、少しだけ皺が刻まれる。

「じゃあ、下らないおふざけを減らす努力くらいはしてほしいね」

「もっと無理かな」

「お前、ホントにいい加減にしろよ」

 苛立ちが頂点に達した薫の顔には、威嚇する肉食獣の顔さながらに深い皺が刻まれていた。脳内物質の影響か、薫の顔のパーツは中央に引っ張られており、今にも襲い掛かってきそう

だった。

 恐怖に打ち勝つ努力を放棄し、信親は頭を下げる。

「すいませんでした」

「ま、いいけど。キミはいい加減で不誠実な男だ。期待はしていなかったよ。とっても不機嫌には、なったけどさ」

「とっても、すいませんでした」

 再び頭を下げる。ただし、せめてもの抵抗として、変顔はしていた。

「間違った日本語が気になるけど、今はいいよ。ツッコミを入れるより、君の命のほうが、少しだけ大事だしね。いいかい、腐の遺産には、特別な力があるが、中でも特に強い力を持つモノがある。全てのBLを終わらせるといわれる腐術の聖典〝この世全てのBL〟だ」

「俺、ラーメンと餃子食って帰るけど、薫はどうする?」

 薫の冗談と判断した信親は、駅前のチェーン店で小腹を満たす提案をした。

「まじめな話だって言っているだろう」

「えーっと〝この世全てのBL〟だっけ? まじめに聞くには、もう少し時間的、精神的な余裕が欲しいな。ちょっと待ってくれるか? 二、三十年くらい」

「ノブじゃあるまいし、このタイミングで冗談なんていうわけないじゃないか。いいから聞けって〝この世全てのBL〟を使えば、あらゆる腐気を操ることができるんだ。腐の印も完全に制御できるようになる。ノブだけじゃなく、腐女子化症患者の皆も助けられるんだ」

 腐女子化症患者の話題を出されると、信親は食いつくしかない。身内の犯行が原因で苦しんでいる者たちがいる。信親が独立した個人である以上、落ち度も罪悪感もないが、できれば患者たちを助けたかった。

「腐気を操れるから、腐女子化症患者の中から腐気を完全に取り除けるってことか?」

「うん。腐女子化症患者は、脳の奥深くに造られた腐脳を制御できないから苦しんでいるんだ。〝この世全てのBL〟さえあれば、腐気も腐脳も、安全に取り除けるようになる。それだけじゃない。腐の印も消せるんだ」

「万能の対腐女子兵器って感じだな」

「ああ、だから問題でね」

「なんで……って、そうか! 逆にも使えるってことだな」

 信親は大きく頷き、薫は我が意を得たりとばかりに、微笑んだ。

「毒は薬に、薬は毒にって感じだね。腐気を自由に操れるってことは、無くすも増やすもできるってことさ。つまり、腐女子化症を治すどころか進行させて、腐女子にもできるわけだ」

「さっき智花がやったことか。じゃあ、まさか智花は持っているのか〝この世全てのBL〟を」

「それはないね。もし、過激派の誰かが〝この世全てのBL〟を持っていたら、世界はとっくに、腐女子のモノになっているさ」

「世界って、流石にそりゃ大げさじゃないか?」

「さっき、智花ちゃんがやろうとしたことを覚えているな」

「療養所内の患者や医療関係者を、全員腐女子化しようとしていたって話か」

「腐浄士でも高位の者なら、腐気を操って広い範囲にいる者を、腐女子化させることはできるんだ〝この世全てのBL〟があれば、その範囲を拡大させることができるようになる。それを企んでいる女がいてね」

「わかった。俺の母親だろ」

 悪い予感がした信親は、薫の機先を制した。

 ロクでもない情報は、自分で言ったほうが、ストレスが減るというものだ。

「正確には、企てている者たちのリーダーである北畠静流だけどね。で、実はここからが本題だ。ノブ、腐女子化症を治すため、そして、静流さんを止めるために〝この世全てのBL〟を手に入れたい。協力しないか?」

「協力はしてもいいけど、なんで俺なんだ? 警察に、晶さんに言えばいいじゃないか」

「警察は信用できない」

信親の当たり前の疑問に、薫は、ドラマでよく聞くありきたりな言葉を返してきた。

「なんでだよ。そりゃあ俺もガキじゃない。警察も所詮は公務員だし、費用対効果や損得勘定をする個人の集まりだ。よほどのコネがない限り、全面的な信用はできないってのは、わかる。でもな、無力な民間人の個人より、遥かに頼りがいはあると思うぜ」

「ちょと前に、マル腐、腐女子対策課の刑事が、腐男子にされた。腐気を浴びせた犯人は、婦警だ。彼女は取り調べで「我々はどこにでもいる」と答えたそうだよ。ちなみに、彼女はBLとは無縁の生活をしていたが、腐女子対策課に配属されてBL本に触れるようになって、腐女子化したんだってさ。腐女子対策課は、警察で最も課員が腐女子化しやすい環境にあるんだ」

 ことの深刻さを理解し、信親は言葉に詰まった。

 野口英世と黄熱病の関係に似ているな。腐女子と戦う者には、腐女子化の危険があるわけだ。

「BLを覗く者は、BLに覗かれるって感じか」

「もっとありきたりに言えば、ミイラ取りがミイラになる。だね」

「でも、晶さんにくらいは、言っておいたほうがいいんじゃないか」

「晶さんは、もっと駄目だ。あの人は、元患者だ。異例の速さで回復したところが怪しい。あと、胸がデカイ」

 信親は、薫のまっ平らな胸を見る。

「私怨じゃねーか」

「胸がデカイ女は、虚栄心や自尊心も大きい。ボクの持論だ」

「いや、胸の大きさと信用は、関係ないぜ。あるとしたら、むしろ信用できるって立場だね」

「なんでだよ。ノブも、脂肪の塊教を信仰しているのかい?」

「大司祭クラスだ。胸には、夢と希望が詰まっている」

「やれやれ、非科学的な考えだ。まあいい、ノブが邪教の徒でも、ボクは寛容だ。許してあげるよ。でも、晶さんには知らせたくないね」

 おどけているようで、薫の口調は、シリアスそのものだった。

 晶を危険視する理由が巨乳に対する貧乳未満の嫉妬が原因なのか、ただ慎重なのか、或いは臆病なのか、信親には判別がつかなかった。

 もう少しせっついてみよう。

「晶さんは、BL本を回収して腐女子化症患者に渡したり、腐女子団体の事務所を回って情報収集したりしているじゃないか。腐女子化症を克服したからこそできることだろ」

「カモフラージュの可能性もある。回収したBL本を、一度読んだりコピーしたりしてから患者に渡しているかもしれないじゃないか。腐女子の事務所を回っているのは、腐女子たちに警察の情報を流すためとも考えられる。腐女子化症を再発、もしくは、最初から治っていないのに、治ったフリをしているだけだとしても、疑いすぎではないと思うよ」

 薫は、被告人を追い詰める検事のような態度だった。

「疑いすぎだ。人を信じる心を失ったら、人間おしまいだぜ。晶さんは、かなり真面目な人だから克服できたんじゃないのか?」

「可能性は否定しないけど、退院が早すぎる。腐女子化症は、そんな生易しいモノじゃないんだ。池袋暴動からもう六年経つけど、患者の七割が退院できずにいるんだよ。退院できた人でも早くて二年だ。晶さんは半年。早すぎる。おかしいと思わない奴の知性と知能を疑うね」

「なら、なんで警察は晶さんを復帰させたんだよ。警察だって、所詮は公務員の集団だ。日本的事なかれ主義の権化と言っても言い過ぎでない組織が、復職を適当って判断したんだぜ。晶さんへの疑いが晴れた証拠みたいなものじゃないか」

「警察は、晶さんの腐女子化症がまだ完治していないと看破して、泳がせているだけかもしれないよ」

 信親が、偏見にまみれた公務員論で反論すると、薫は鋭く再反論してきた。

言い争いが続くが、どちらも引かず、意外に堪え性のない薫が、最初にキレた。

「ノブも死にたくないだろ。黙って、ボクの指図に従っていればいいんだよ! 僕の情報がなきゃ、腐女子の事ほとんどわからないってことを、忘れないで欲しいね。それとも、自力で何とかするかい? できないだろう? だから、晶さんには〝この世全てのBL〟について、報告はしないんだ。いいね」

「なるほど、薫の言うことは最もだ。俺は、腐女子の世界を知らない。お前に教えてもらうしかない門外漢だ。お前の助けが必要だ」

「わかればいいんだよ」

 薫は腰に手を当て、ドヤ顔をしながら鼻で笑う。勝者が敗者を見下ろすような、上位者が下位者を見下すような態度だった。

 ある意味当然の振舞いかもしれない。事実として、薫は情報という面で、なぜかは知らないが、信親より圧倒的に優位な立場にいる。母と妹は間違いなく腐女子の関係者であっても、信親自体は素人と同程度の知識しかなかった。

 腐女子関連のゴタゴタに巻き込まれている以上、どんなに怪しげでも事情通の薫に頼る以外に、助かりようはないだろう。

 しかし、薫の態度が、信親にとってより重要な部分を刺激していた。

 ために――

「だけど、嫌だね」

「はぁ?」

 信親は、薫の居丈高な命令を、断っていた。

「お断りだと言ったのさ。晶さんには、報告する」

「自分が何を言っているのか、わかっているのかい、ノブ? キミはさっき自分で言ったじゃないか、ボクの助けが必要だって。それでもボクに、逆らうっていうの?」

 ハリウッド映画で役者がするようなワザとらしい〝信じられない〟の表情を、薫はした。

「言ったな。ああ、間違いなく言った。でも逆らうぞ。だから、なんだっていうんだ?」

「なんだってって、え? いやね、つまり、ノブはボクいうことを聞かないといけない。はずだろ? だって、このままだと死んじゃうんだよ」

「そうだな、死ぬな。でもやっぱりお前の命令は聞けない」

「なんでさ!」

 取り乱す薫の姿に優越感と満足感を覚えつつ、信親は宣言する。

「お前の態度が、気に入らないからだ!」

「はぁ? ガキみたいなこと言ってないで、いいからボクの言うこと聞いてよ。悪いようにはしないから」

 若者を騙す悪徳経営者のような言い草をする薫に、不貞腐れた学生そのものの態度で返す。

「うるせーよ。知らん」

「話にならない。じゃあ、死んでもいいんだね。ボクに見捨てられても、いいんだね」

 念を押す薫に、切り返しの一撃を見舞う。

「薫、お前は俺を見捨てない」

「……根拠は?」

 自信満々の信親を、薫は笑いも呆れも、怒りもしなかった。

 きっと、図星だからだろう。やはりなと、信親は、内心で満足して笑い、前からの疑問を薫にぶつける。

「この前、何年も会ってない俺に会おうと、お前は大学にきたな。なぜだ?」

「幼馴染の近況を、聴こうとしただけさ。池袋の事件もあったし、心配してたんだ」

 稚拙な薫の答えを、一笑に付す。

「薫、俺は警戒していたんだ。仲が良かったり悪かったりした、久しく会っていない幼馴染が急に訪ねてくる時は、用心して当然だ。意図はなんだ? 何をさせるつもりだ? ってな。俺の言いたいことはわかるか? お前は、何か目的があって、俺に接触したんだ。腐女子たちを統べる北畠静流と娘の智花、この二人の家族である俺にしかできない。もしくは、俺がいなと成り立たない目的を果たすために、だ。違うか?」

 昔の知り合いや友人からの連絡は、全て勧誘か借金・連帯保証人の申し込みだと、信親は決めつけていた。

 加えて、母親と妹が凶悪事件を起こして以来、周囲が示す反応から、願望は現実認識を歪める重大な要素だと、信親は知っていた。ために、突然、美しく麗しい幼馴染が目の前に現れても素直に喜ばず、疑いの目を向け続けられていた。

 疑り深さの成果は、信親のやや強引な言い草を、薫が否定しないことで得られた。

「ノブって、性格悪いよね」

「身内から二人も大物テロリスト出してるんだ。性格が歪みもするさ。でも、悪くなったとは、思っていないぜ。孤立していなかったり、性格が歪んでいなかったりしても、突然の訪問者を疑う行為は、現代人として当たり前の精神活動ってもんだ」

「ああ、そうかい。それで、歪んでいるけど悪くはない性格の信親クンは、これからどうするつもりなんだい?」

「お前を、助けてやる」

 信親の戯言としか思えない台詞を聞いた薫は、厄介な隣人に挨拶されたような顔をした。

「キミの世迷言は聞き飽きたよ。どう助けてくれるのか、中身を聞こうか。あればだけど」

「中身なら、行列ができる和菓子屋の大福くらいあるぞ。命令は聞かないが、お願いなら聞いてやるってことさ。どうする? 薫も気に入らなければ、断ってくれていいんだぞ。お前と違って、人の意思を尊重する善人だからな、俺は」

「ああ、ノブ。キミはきっと、大した善人だ。親鸞だって保証してくれるさ」

 薫の声と体からは、力が少しずつ抜け始めていた。

 きっと、ストレスの所為だろう。可哀そうに思った信親は、決定権を薫に与えてやる。

「ありがとよ。で、俺に命令して断られるか、お願いして受け入れられるか。どちらを選ぶ? 好きなほうを選んでいいんだぜ」

「なんだか不本意だけど〝この世全てのBL〟の捜索と回収の協力を、お願いするよ」

「よし、わかった。任せておけ。それにしても薫、友人想いの俺に頼るとは、お前の判断は正しいぞ」

 信親のねぎらいを受け、薫は力のない笑みを浮かべた。

 儚げな笑みに見とれそうになる信親に、薫の疲れた声がかけられる。

「ボクの判断力が正常だって知れて、嬉しいよ。今後ともよろしく」

「こちらこそだ。じゃあ、早速晶さんに知らせるぞ。いいな?」

 動揺を悟られないよう強く言う。

「もう、好きにしなよ。ああ、キミは言われなくても好きにするんだろうけどね」

「わかってるじゃないか。じゃあ、こいつで晶さんを呼んでくれ」

 信親はスマートフォンを取りだし、晶に渡した。

「そういやノブ、晶さんの番号知らなかったんだよね。ところで、個人情報保護って概念知ってるかい? 現代人の北畠信親クン」

「理論は知ってる。そこら辺に投げ捨てて、晶さんに連絡してから、好きなように回収してくれ」

「了解だよ。野蛮人の北畠信親クン」

 疲れ切っている薫は、渋々といった態で、信親のスマートフォンを操作し始めた。

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