第21話間が悪いな

 あれほど活気づき騒がしかった大市場は、静まり返って、小さなヒソヒソ声ばかりが耳についた。

 見れば、罵声を浴びせられていたのは、長机でできた長方形の長い列の一つ、その端っこに座る小柄な腐女子だった。

 小柄な腐女子の前には、二人の武装した腐戦士を従えた腐浄士が立っていた。

 三人は、フリルやリボンをつけてドレス風にした袴を身に着けていた。

 腐浄士に、見覚えがあるような気がしたが、思い出せない。チラチラと横目で様子を窺っていると、晶にたしなめられた。

「ちょっと信親君。あまり見ないで。目立つでしょ」

「すいません。どうも、知り合いがいたような気がして」

 信親が首を捻りながら謝罪している間にも、罵声が響く。

「貴様ぁ、この漫画の主人公は、総受けとして画けと、お達しがあったはずだぞ」

「知らぬとは言わぬだろうな」

「サークルの代表を出せ」

 腐浄士を含む三人は、大きな声で小柄な腐女子を威圧していた。

「お、おらがこのサークルの代表でんす。一人サークルでんす」

「名は?」

 腐浄士が厳しい声で尋ねた。

「ガチ山ホモ太郎でんす」

サークル代表の腐女子は、小さな体をさらに小さくして、名乗った。

奇抜な名を聞いても、腐浄士は眉一つ動かさない。

「よし、墓標にそのバカバカしいペンネームを刻んでやろう。床に這って、首を差し出せ」

「お慈悲を、ホンの出来心なんす」

「あの漫画の主人公は、総受けと決まっている。決まりを破ることまかりならぬ」

 小柄な腐女子は、必死に命乞いをするが、腐浄士は、氷の彫像を思わせる冷酷さを示しただけだった。

 腐浄士の後ろで控える腐戦士が、同調を始める。

「冴島様のおっしゃる通り」

「腐女子の世界における受け攻めの判定は、生死をかけて行うが慣例。言い訳は見苦しいぞ。苦しみたくなければ、大人しく首を前に出せ」

 腐戦士が腰の刀に手を伸ばしたところで、信親は晶に顔を近づける。

「どうします。助けますか?」

「え?」

「はぁ?」

 信親自身が意外と思う提案に、晶は居心地悪気に顔を逸らした。虎子は、瞳に非常識なアホを咎める光を宿して、睨みつけてきた。

「嫌だって、多分死ぬっていうか、殺されちゃうじゃん。あの子」

「そうだけど、ここで騒ぎに加わるわけには」

「桐山警部、迷う場面じゃありませんよ。無視して、先に進みましょう」

 虎子が勝手に進みかけた時とほぼ同時に、腐浄士が抜き放った刀を大上段に構えた。信親は不意に、薫と大学で再開した時のことを思い出した。

 戦闘力は高そうだったが、薫にあしらわれていた腐浄士だ。

 名前は確か――

「冴島マリモだ」

 思わず零した名前は、騒動に注目していた大市場に、薄く広く広がった。

 数千人、あるいはそれ以上の腐女子の群れから、信親に視線が向けられた。

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