第19話
「飼われてない。晶さんの胸で手懐けられただけだ」
「変なこと言わないでよ! 胸を触らせたこともないでしょ」
「でも、顔を埋めたことはありますよね」
「だからなによ!」
晶は、叫んでから口を押えた。
額から汗を垂らしつつ、恐る恐る説いた態で虎子を見る。
信じられないものを見たような顔をした虎子が、絞り出すように声を出す。
「……桐山、警部?」
「そんな目で見ないで、しょうがないじゃない。挟まっちゃったんだから……ねえ、ちゃんと説明してよ! 神揚原巡査の誤解したままじゃない」
「誤解だと教えた場合と、教えない場合だと、教えないほうが面白そうだと思いません?」
「思わないわよ!」
晶が涙目になりながら首を絞めてきた。
一瞬で窒息させられた信親が手の平でタップをして降参するが、晶の手から力は抜けない。受けの印を使った時ほどではないが、痛みと苦しみで視界が狭まっていった。
「桐山警部、落ち着いてください。あの男は、誤解だって言っていますよ」
「でも、教えないほうが面白そうだって言ってたじゃない」
「この男は、誤解だって教えるかどうかと、のたまっていました。つまり、誤解であり、胸に顔を埋めたのは、事故かこの男の故意であったと言うことでしょう? 少なくとも、本官の考えているような関係ではないと、理解できました」
虎子の冷静に言葉に、晶は落ち着きを取り戻した。
「そ、そう。良かった。あ、でも、北畠君が故意に、その、えーと、顔を挟んだわけじゃないのよ。事故だったの」
「でも、いい事故でしたよ。谷間が発揮した吸引力は、プライスレスでしたね」
「ちょっと黙れ」
「御意」
晶が再び首を絞める仕草をしてきたので、信親は素直に引き下がった。
「刑事とテロリストの家族が仲良くするのは感心しませんけど、今は良いです。それより、協力してもらうよ。北畠信親」
「ギャラ次第だな」
「お前に拒否権はない」
「でも人権はあるぜ。イヤだと言ったらどうするつもりかな? 力づくで言うことを聞かせるつもりなら、相手になってやるよ。墓に入る前に、武勇伝でも作っていくか?」
悪意に満ちた言い草に怒った信親は、ワザと挑発的な言葉を選んで、虎子へぶつけた。
「だからケンカしないで。神揚原巡査は、態度に気を付けなさい。敵対的過ぎよ。信親君は、もっと言葉を選んで」
「桐山警部! 貴方は、この男に甘すぎます。こいつは、警察、いや」
虎子の息継ぎに合わせて、信親はセリフをインターセプトする。
「人類共通の凶悪な敵である北畠静流と智花の家族なんですよ、か?」
「勝手に言葉を引き継ぐな!」
「家族に関連して悪口言われるなんて、慣れっこでね。時間短縮のために、ついな。悪かったよ。続けてくれ。俺の母親と妹を使って、好きに詰ってくれよ。さあ、遠慮するなよ」
顔を歪ませる虎子を見て、信親は勝利を確信した。
家族の悪事ゆえに傷ついている存在であるとアピールすると、悪口を言っていた者は、決まってバツの悪化をしたものだ。
教師やマスコミのような、自らの高潔さに確信を持っている者たち以外なら、効果的な反撃だと、経験上知っていた。
相手は権柄づくの警察官だったが、今回は、有効だったようだ。
口をつぐんで視線を逸らした虎子に、晶が顔を向ける。
「言いたいことはわかるわ。わたしも、北畠静流のせいで、人生を狂わされた一人だもの。でも信親君は、なにも悪いことをしていないわ。恨んだ蔑んだりする行為は、ハッキリと、間違っているって言いきれるわ。たまにムカつく相手だけどね」
「……失礼しました」
「謝る相手が違うわよ」
「すいません。今はまだ無理です」
「じゃあ、作戦が終了してからね。信親君に、何をさせようとしたかを、教えてくれる?」
晶に諭され、虎子は説明を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます