第12話無理やりな勝利
腐男子化の意味を問う前に、信親の口からは、悲鳴が上がる。
「なんで、俺の皮膚がアンデットモンスターみたいになってるんだ!」
「落ち着きなって。アンデッドになるのは、もう少し先だよ」
「結局なるのかよ! 聖典があれば、受けの印を使った代償もなんも、全部なんとかなるんじゃないのかよ。薫」
「あれば、じゃないんだ。聖典に、受けの印を引き取ってもらうよう頼めば、なんだ」
「本に頼み事しろってか? まさか、自我でもあるっていうのかよ」
「そうだよ。聖典は、意思を持った本なんだ」
嫌味のつもりで放った信親の言葉を、薫はあっさりと肯定した。
「そんな――」
「バカなことがあるんだよ。聖典は、手順を踏んで祈れば腐気を吸収し、腐脳や腐の印を消し去ってくれるんだ。手間も時間もかかるけど、なんとかなるかもしれなかったのに、キミは」
「儀式の手順を踏まず、無遠慮に触ってもうたやろ。アホちゃうか。礼儀知らずには、厳しい態度で接してくるんやで」
薫から説明を引き継いだ真澄に詰め寄る。
「聞いてないぞ」
「自分が、教える前に触ったんやろ」
「知るか。どうにかしろ」
「それこそ知るか、や。そっちで勝手にどうにかしなはれ」
「勝手にって……いいぜ、やってやるよ。意思があるならなんとでもなるだろ。要は、ねじ伏せちまえばいいんだろ」
ヤケクソになった信親は、集中し心の中で叫ぶ「俺の命令を聞け」と。もちろん、そんなことで、腐女子界最強の腐宝を制御できるとは、思っていない。死人色になった肌を見て受けた衝撃を、和らげるための逃避行動だ。
危険な時ほど、より実際的な行動を心掛けなければならないと、信親は知っている。それでも、ストレスケアをしてからでないと、論理的な行動ができそうもなかったのだ。
「腐女子界のトップでもできへんで。まして、男にできるかい! 身の程を知れや」
「うるせえ! このエセ京都人が! 隅でBLでも読んで、上と下の口から腐った汁でも垂らしてやがれ!」
我ながらどうかと思う最低な罵声を真澄にぶつけながら、信親は叫び続けた。
懐から鉄扇を出して殴りかかってくる真澄と冷静に止める薫、問題のある生徒と向き合うことを諦めた教師のような顔をした晶を無視して、信親は叫び続けた。
「母親は腐女子のテログループで首領、妹は幹部、俺はかかわったばかりに死ぬだと! 畜生、ふざけるなよ!」
信親は聖典の入った腐柱を睨みつける。ガラスに、見たこともないようなおぞましい形相をした男が映っていた。
血走った目を見開き、土気色も顔には、深い皺が刻まれていた。妖怪か悪霊のような男が、振り乱した髪を整えもせず口から涎を垂らして、信親を睨んでいた。
自分自身だと自覚するや、信親は再び腐柱に手を伸ばす。
「こんなモンのために!」
「やめーや! 何度も触るなや。腐宝なんやで」
「うるせえって、言ってるだろ! シャアアッ!」
狂した猿のような叫び声を上げた信親は、もう一度聖典に手を伸ばした。
ホンの数ミリしかない薄い聖典を、信親は両手で引き裂きにかかる。しかし、ビクともしない。膨大な量のBL情報が、奔流となって信親の脳内に流れ込んでくるだけだった。
天井に届くほど長身で、手足が妖怪のように長い男たちや、年端のいかない少年、肥満体の青年やひげ面の中年たちが、体を重ね合う情景や、その背景に関する情報が、高速で脳内に飛び込んできた。
ノーマルな男性にとっては、吐き気を催す光景の奔流が、光を思わせる速さで信親の脳を犯していく。それでも、信親は怒りと憎悪を込めて、腐女子の聖典〝この世全てのBL〟を破壊しようと、手に力を籠め続けた。
全身に、鞭で打たれたような痛み・インフルエンザに罹った際のような熱・ノロウイルスに胃を犯されたかのような吐き気・皮膚病のような痒みが広がる。内臓にさえも、紙やすりを当てられているかのような痛みと痒みが与えられ、骨にも細かい亀裂が入る感覚がした。
「信親君、聖典は物理的な力じゃあ壊れないわよ。無駄なことをしないで、早く手を放しなさい、さもないと、本当に死ぬわよ」
「嫌だね。嫌だね。ド畜生め! 俺は、好きにやるんだ。他人の指図なんて、真っ平だ。どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって! 殺せるもんなら、殺してみろ!」
賢しらに忠告する晶に罵声を浴びせると、信親は受けの印を発動させた。
BL情報の流入がさらに加速する。
「ノブ! 受けの印を使うまではないんだ。そんなことをしなくても、ノブなら聖典を操れるんだ! 止めろ!」
「止めない。止めてたまるか!」
「このまま聖典に触り続けたら、腐男子になるぞ」
「なら、腐男子の王にでもなって、北畠王朝初代北畠信親一世とでも、名乗ってやる」
「無茶苦茶だ!」
「知ってるよ!」
薫の抗議を、聖典に噛みつきながら答えてやる。紙の味が口の中に広がり、大雨後の濁流のように流れ込んでくるBL情報と合わさって、吐き気や頭痛を倍加させた。
不快感の暴風に飲まれそうになりながらも、聖典に対する攻撃を緩めずにいると、信親の体に変化が現れた。
痛みは消え、熱は下がった。
吐き気は去り、かゆみはなくなっていった。
体を浄化されていくような感覚がする。叫ぶことを止め、両手を見る。血色の良くなっていく体を確認した。
「キエエッ! え? え?」
なぜか湧き出てきた義務感により奇声を発してみたが、急に健康となった体に、信親は戸惑いを隠せなかった。
周囲を見渡す。薫も晶も真澄も、混乱・驚き・当惑を顔に載せていた。恐らくは、信親自身も同じ表情をしているのだろう。いち早く立ち直った薫が、駆け寄ってきた。
「ノブ?」
「治った」
「は?」
「いや、体が治った。てか俺、受けの印だけじゃなくて聖典、使いこなせてる」
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