第14話素人なのに

 泣く親も、迷惑をかける兄弟姉妹もいなっていうのは、きっと自由って意味なのだろう。池袋のさびれた地下街入り口付近に路駐されたバンの車内で、信親は皮肉な喜びを覚えていた。

 思わず零れた笑みを目撃したらしい晶が、隣のシートから声をかけてくる。

「あら、この状況で笑えるなんて、信親君は勇敢ね」

「夕刊? ああ、時間的にそろそろですね」

「新聞じゃないわよ。大丈夫?」

 武装を確認しつつ晶が信親を案じてくれた。

 晶は、白いスーツ姿でギャングキャップを被っていた。おまけに、ギャング映画に出てきそうなコルト・ガバメントと同じ十一・四ミリ弾を使用する大型のM1型十一・四ミリ短機関銃、通称・M1短機を抱えていた。

 これで、マフラーを肩からかけていたらギャング・スタだとでも呼ぶべきかもしれないが、もっとふさわしい言葉もありそうだった。

 晶の体は、M1短機を吊り下げる紐が胸を斜めに区切り、拳銃の入ったホルスターやM1短機の弾倉を入れたポーチのベルトで腰を締め付けられており、体の線が強調されていた。

 ただでさえ大きな胸が、盛り上げられ押し出されるようになっている。目のやり場に困る情景だったが、男とは困難にあって勇気を示すものだ。

晶の胸を凝視したまま親指を立てる。

「吐きそうだけど、全然大丈夫です」

「わたしの顔ではなく胸に向けて喋るくらいだし、大丈夫みたいね。死んでも大丈夫なくらいに。むしろ死んで欲しいって思うくらいに」

 障害に立ち向かう勇敢な男として、信親は敢えて晶の胸から目をそらさなかった。

晶の視線と声色は冷たく、勇者を遇する態度ではなかった。

「晶さん、不快に感じたのなら、別に謝らないけど遺憾の意を表します。でも、分かって欲しいんですよね」

「何を? 貴方が人の胸を凝視する変態ってことなら、分かり切っていますよ」

「それは結構だけど、凡人なら目を逸らそうとするところを、むしろ見に行く俺の男気を、評価してもらいたいね」

「正当な評価をしていますよ。犯罪者予備軍その一として」

「やれやれ、理解されないって言うのは、ちょっとツラいね。まあ、この領域の話は、一般人にはわからないかな」

 孤独なヒーローを気取って、落ち込む演技をする信親に対し、運転席と助手席から晶以上に冷たい声がかけられた。

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