第24話安全地帯

 ホモ山ゲイ太郎を名乗る腐女子に案内されて逃げ込んだ場所は、電灯の数が少ないせいか酷く薄暗かった。

 すえた臭いが充満し、床には親指大の埃が転がっていた。

 長細い通路の左右にあるコンクリ―製の壁には、一人がやっと通れる程度の狭く低い穴が穿たれている。穴の前には、扉代わりか、半裸の男性キャラクターの書かれたタペストリーがぶら下げられていた。

 通路にも穴の中にも、多数の腐女子たちがひしめいていた。

 ジャージや黒一色のみすぼらしい格好をした腐女子たちは、誰も不躾な闖入者である信親たちのほうを観ようとしない。皆机に向かい、なにかしらの作業を行っていた。

 物珍し気に周囲を見渡していると、先導するホモ山ゲイ太郎が急ぐよう先を促す。

「こっちです」

「それはいいけど、ここどこ? えーと、ホモ山さんだっけか」

「ここはどこか、どこへ向かうかは、歩きながら説明します……それと、拙者のことは、香住と呼んでください。本名は伊庭香住です。ホモ山ゲイ太郎は、ペンネームなのです」

 受け答えするホモ山ゲイ太郎改め香住の首筋は、ほんのりと赤くなっていた。

「で、香住さん、アンタは何モンだ?」

「腐導会の潜入工作員をしています。普段は情報収集をしていますけど、今回は、作戦参加部隊のサポートも任務の範疇なのです。近くのセーフハウスに案内しますね。少々手狭ですが、この人数なら充分収容できます」

 信親たちは、香住に先導されて、セーフハウスへ向かう。

 長細い通路を進むと、何にもない二十五メートル四方の空間に行き着いた。

 空間の内部は暗く、人の気配はなかった。

「おいおい。こんな、なんにもないところへ連れ込んで、何をしようっていうんだ? 広さ的に考えて、テニスでもしろっていうのか?」

「なんというか、口の良くない方ですね。いつもこうなんですか?」

 困惑するような香住に、晶が答える。

「付き合いはそんなに長くないけど、大体こんな感じね。将来が心配だわ」

「失礼な。テニスとペニスをかけて、セクハラ発言をしようとしてたけど、思いとどまった男ですよ、俺は。それに、付き合いはそんなに長くないという発言に付け込んで、実は晶さんと俺が付き合って間もない恋人同士だって、勝手な解釈をすることもしませんでした。俺は紳士でよ」

「紳士はそもそも、下品な発想はしないわよ。忙しくなかったら、世界中の紳士に代わって、謝罪と賠償を要求したいわね」

「紳士がセクハラをしないなんて、そりゃ幻想ですね。他人に過度な期待をすることは、甘えってヤツですよ。まあ、俺に甘えるのならオッケーですけどね」

「セクハラ問題に強い弁護士か、この世のあらゆる問題を男の仕業だと信じて疑わないフェミニストの闘士に甘えたい気分だ」

 虎子が、呆れと嫌悪を込めた視線を送ってきた。

 信親は、さりげないつもりで話題を変えにかかる。 

「無駄話はこのくらいにして、香住、どこで休めばいいんだ。早く案内してくれ」

「はあ、ちょっと待ってください」

 露骨な話題逸らしのために催促されて不満らしく、香住は拗ねた子供のような小声で答え、空間の中に入る。良く見ると、空間内の壁際には、紙の束でできた柱が無数に佇立していた。

 香住は、紙の柱の間に入り込み、慎重に低い紙の柱を横にずらしていった。

 十秒ほどで、人一人がやっと入れる隙間が空き、小さな扉が現れた。

「隠し扉か。男心がくすぐられるな。でもこの小ささじゃ、デブは入れないね」

「侵入しにくくするために、入り口は、敢えて小さく作っています」

 小さな扉を開けると、狭い階段があり、十段ほど降りた先には、少し広くなった道が見えた。虎子を抱えながら道の奥へ向かう。二十メートルほど歩いただけで、壁にぶつかった。薄い

布団が一つとコンロ、小学校低学年の身長ほどしかない食器棚、飲食物や日用品の入ったダンボールなどが並んでいた。

 他の階に比べて人がいないせいか、酷く寒かった。

「ここがセーフハウスです。座ってください。お茶でも入れます」

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