第18話多難の中で

「何があったの?」

「他の遊撃班の戦闘に、巻き込まれました」

「それで、殉職?」

 晶の口から出た〝殉職〟という言葉を聞くや、虎子は口の端を上げて、小さく笑った。

「何がおかしいんだよ。お前の仲間が殺されたんだろ。笑うところかよ」

「失敬失敬。つい、ね」

「何が、つい、なんです。わたしも気になりますよ」

「植島巡査は、自分の手榴弾を誤爆させて死んだんですよ。これは、殉職なんでしょうかね?」

 晶にも睨みつけられながら、虎子は皮肉気に、それでいて寂し気に笑った。

 信親は、居心地の悪くなった空間をマシなものにしようと、気の利いた言葉を探す。

「ええと、労災は、降りるんじゃないかな?」

「その冗談、面白くないわよ」

「この状況でそんな冗談を言える人間がいるってことは、笑えるけどね。あと、労災じゃないよ。死亡退職金と、賞恤金、事情が事情だから他にも手当てがつくだろうね。遺体の回収ができなければ、すぐには出ないかもしれないけど」

 もちろん、晶と虎子からの評価は散々だった。

 思いついたネタを言わずにいられない、ギャグ貧乏な芸人でもあるまいしと、反省しつつ話題を変える。

「晶さんが地図を車に置いてきたから、地図を見せてもらいたかったんだけど」

「露骨に話題を変えたね。ま、別にいいけどさ。地図は、本官も持っている。安心してください、桐山警部」

 虎子は首を振ると、視線に失望を乗せて、晶を一瞥した。

「面目ない……地図を借りるわよ」

「どうぞ」

「ありがとう。どれどれ、居住区に発電施設かー。色々あるのねー」

 晶は、虎子と目を合わせずに、地図を顔に近づけて、ワザとらしく地図を読み上げた。

「晶さんさぁ。観光に来てるんじゃないんだぜ。神殿への最短ルート探さないと。てか、覚えてないわけ? かなり読み込んでたでしょ」

「わかってるわよ。でも、ここ複雑すぎるのよ。地図を渡されたのも、突入一時間前だったし、覚えきれなかったの」

「もっと早く渡してくれればいいのに。公務員の怠慢かな?」

 信親は、チラリと虎子を見た。

「変な目で見るな、素人め。腐導会から渡された地図が多すぎたんだ。元々複雑な立体構造で、地図に起こすことが無理だったみたいだしね。注釈つけまくって無理やり地図にしたせいで、制作、印刷、頒布に時間がかかったんだろう」

「あれ、これって? やった、最短ルート見つけたわ! ねえ、見て見て」

 信親が虎子から文句を言われている間に、晶が少女のような喜びの声を上げた。

 声に釣られて、晶の手元を覗き込む。六層に及ぶ腐女子の地下世界の様子が描かれた地図に、赤・青・緑・黒・黄・桃色のマーカーで順路が描かれていた。

「どのルートです?」

「これ、この青のルート。今いる地下二層から三層の居住区エリアAに降りて、物資搬入エレベーター横の階段で一度地下二層に戻って、それから中央広場の大階段を降りて一気に地下四層のBL図書館に併設されているBL工場のBL奴隷収容所を抜けて五層に向かうの。後は、五層の居住区エリアGから大市場を通過して、腐浄士養成学校職員宿舎にある隠し通路を通って、地下神殿へ向かえばいいわけ。わかった?」

「全然わかんないです」

「癪ですが、本官もです」

 喜色満面な晶に対し、信親と虎子の反応は冷たかった。

「なんでよ!」

「晶さんの脳内じゃ理解できたかもしれなけど、経路が複雑すぎるんですよ!」

「桐山警部、加えて、言わせてもらいけど、色々なところを通り過ぎです。既に戦闘が始まっている状況ですよ。心だけじゃなくて脳みそも腐っていない限り、腐女子どもの警戒は、かなり強化されているはずです。幹部クラスが居を構える五層の居住区や、腐浄士養成学校なんて、厳重に守られているに決まっています」

 信親と虎子のマジレスに、晶は顔を真っ赤にする。

「じゃあ、どうしろっていうのよ。このルート以外じゃ、主力の各中隊との戦闘に巻き込まれかねないし、そうでなくても、時間がかかりすぎるわ」

 晶の言うとおりだった。

 侵入ルートはいくつもあるが、正面切って突入している各中隊の主戦場が近い。こっそりと浸透は、できそうもなかった。

そう、普通ならば。

「こういった時のために、忌々しい北畠の人間を飼っているんでしょう?」

虎子は、意地の悪い笑みを浮かべた。

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