第17話初めての殉職
池袋地下は、予想していたよりも明るかった。
どこからか電気を盗んでいるのか、発電しているのかはわからない。ただ、壁や天井に取り付けられた電灯は煌々と光り、潜入中の信親たちを、危険なほど照らしていた。
佳奈美と虎子が周囲の捜索に出ているので、信親と晶の二人っきりとなっていた。
埃っぽさを我慢して、信親と晶は、積まれた建材の陰に隠れていた。
「晶さん、他の班との連絡は?」
「駄目ね」
信親の質問に答えつつ、晶が無線機を耳に当ててくれた。
「こちら第三警察中隊第十一小隊。囲まれている。救援を要請する。連中、そこら中にいるぞ」
「……」
「現在、旧池袋駅地下物資搬入口付近で交戦中。敵は大型の腐浄士と、腐大師が多数いる。突破できない。増援と重火器がなければ突破できない」
「……」
「第二合同中隊、中隊長の村賀穣一警視正殉職。副隊長の高円寺清美腐浄士が指揮を引き継いだ。現在、他中隊との連携が取れない。一度前進を停止する。負傷者収容部隊派遣を要請する」
チャンネルを変えるごとに、悲鳴と沈黙、激しい戦闘の音、冷静を装う報告が続く。
「状況、不味くないですか?」
「言われるまでもないわね」
腐女子対策課・機動隊・SATから選抜された警察官と腐導会の会員からなる合計六百人による突入作戦は、最初から躓いていた。
旧池袋駅地下と周辺の地下道へ突入してから、一時間もしないうちに、激しい迎撃に遭っていた。
既に、池袋旧地下街付近で迷子になった小隊が全滅する事態まで起きていた。
警察官のみからなる第一中隊などは、早い段階で混乱をきたしていた。
腐気を操れる上、戦闘力も高い腐導会所属の腐浄士たちと警察官合同の第二・第三中隊は、やや順調だった。
ただし、第一中隊に比べれば、の話にすぎない。腐気に耐性のある者は少ない。ために、色々な組織からかき集められた隊員たちでは、連携が上手くいくわけもなかった。
状況が切迫していたため、合同訓練も数日しかできなかったそうだ。
主力の各中隊は苦戦、神殿の最奥どころか、入り口手前の手前にすら辿りつけずにいた。
「司令部は、なんて言っているんです?」
「苦戦中の味方部隊に、予備隊を回したり、状況を把握したりするのに忙しいみたい。わたしたち遊撃隊は、独自に動けって」
信親の質問に晶がため息と共に答えた。
百五十人前後もいる中隊に対して、四から六名からなる遊撃班は、身軽さが売りだ。
隠密に徹していたが、交戦を開始した以上は、攪乱のために動くべきだろう。信親も促す。
「なら、地下にあるっていう神殿を目指しましょうよ。腐導会の情報が確かなら、そこで何か大きな儀式があるんでしょう」
「場所、わかんないの」
目を逸らした晶が、小さな声で言った。
「え? 地図あるはずですよね」
「……車のダッシュボードに置いてきちゃった。テヘ」
額に汗を垂らした晶が、おっかなびっくりといった態で、舌を出した。
これは、関西人でなくとも、激しく突っ込むところだろう。
「歳、考えろよ」
「失礼ね。まだ若いわよ」
食って掛かる晶だったが、呆れた目で見続けると、目を泳がせた。
しばし、沈黙が降りる。晶は気まずさからか黙り込み、信親は、社会人で警察官の晶が見せた意外なポンコツさに、呆れていた。
緊張すべき状況で、弛緩した空気が流れる。
信親がため息を一つついたところで、声がかけられた。
晶がM1短機を構える。信親も、スタンガンと受けの印を使う用意をした。
「桐山警部」
声の主は、虎子だった。
「お帰り。周囲の状況は? って大丈夫! 止血しないと」
「一応大丈夫です。でも、植島巡査は、駄目でした」
駄目でしたと聞いて、信親も晶も息を呑んだ。
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