第11話死の宣告

 信親のドヤ顔を前にして、なぜか薫は不満そうにし、真澄は唖然としていた。

 称賛か大きな称賛のどちらかが浴びせられると期待していた信親は、少しだけ落胆しつつ、言葉を続ける。

「そういうわけで、これ持っていきたいんだけど、いいかな?」

 信親の言葉を聞くや、幼児がドライアイスを握りしめているところを目撃したかのように、真澄は慌てだした。

「良いわけないやろ! はよ柱ん中に戻せ!」

「なんで? 俺これがないと死ぬらしいんだけど」

 信親の素朴な疑問に、真澄ではなく薫が答え始めた。

「ノブ、聖典は、ここで日本中から溢れる腐気を集め続けているんだ。腐柱から聖典がなくなれば、腐気が日本全国、イヤ、世界中に腐女子化症が拡散することになりかねない。早く戻してくれ」

「お、おう」

 急に世界レベルの話をされた信親は、薫から要請されると、素直に従った。

 腐柱に聖典を戻し、薫と真澄に向き直る。

「これでいいか?」

「まあ、ええですけど。素手で聖典を触っても、平気なんでっか?」

「平気じゃなかったけど、俺には、こいつがあるんだ。腐気を操るくらい、なんとでもなるぜ」

 信親は、手首に浮かぶ受けの印を見せた。

「はあ、そりゃ凄うおますなー」

「真澄さん、感心してる場合じゃないでしょ。ノブ、聖典に触れたら、普通は死ぬんだよ。聖典は普段、日本中の腐女子や腐の聖地から湧き出る腐気を取り込んでいるから、直に触れると漏れ出した腐気が流れ込んでくるんだ」

「へえ、そうなんだ。でも、なんとかなったから、良いだろ」

「な?」

 秀麗な顔を驚きで歪ませる薫に、信親は差とするように言う。

「受けの印の力は凄いぞ。俺はもう腐気を自由に操れるんだ。天下無敵っていうのは、今のような気分だよ」

「そんなわけ」

「そんなわけないでしょう。調子に乗りすぎよ」

 信親の背後から、薫と真澄とも違う声がかけられた。

「どちらさんで?」

「久しぶり、でもないかしら。元気そうで何よりね」

 振り返ると、モデルのような立ち姿の晶がいた。

「どーも。健康の大切さを、噛み締めているところです。ああ、情報をありがとうございました。お陰で、この通り、死にかけた体が良い感じです」

「良い感じ、ねえ」

 晶は、ため息をついた。

「踊りだしたい気分ですよ。ええ、今なら下手糞でも気持ち良く踊れます」

「あのね、落ち着いて聞いて欲しんだけど聖典を触った者は、死ぬの」

「え? いや、死ぬ死なないって話は、もう終わりでしょ? 受けの印を使いこなして聖典を、俺自身のモノにしたんだし、一件落着じゃないですか」

「受けの印による代償は、まだあるの。というより。悪化しているのよ。自分の皮膚を見て」

「スキンケアのお話なら、男の俺には無関係です、よ?」

 自身の肌を見て、信親の軽口が途中で止まった。

 死人のような暗い灰色をしていた。

「腐男子化が、始まったみたいね」

 晶の口調は、癌告知をする医者のように、淡々としていた。

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