第26話

 綴はどうやら苦戦を強いられているようだった。

 女王の攻撃を飛んでかわし、攻撃の隙を狙ってページを放つ。


「――裁断サイダン


 真空の刃が女王の前足を切り裂く。だが直後に傷口が再生し、切られた足が落ちる前に元通りにつながった。

 綴は攻撃を繰り返し、女王の足や胴体をぼろ切れのように切り裂くが、瞬時に回復してしまって意味を成さない。


「キャハハッ! 無駄なのよ!」


 理恩は綴の奮闘をあざ笑う。

 女王は成長することで巨大な体躯に加え、異常な回復力を獲得していた。


「チッ!」


 綴は女王の身体ではなく、理恩を狙ってページを放つ。理恩の細い首に真空の刃が迫った。


「ふふ、肌のお掃除でもしてくれるのかしら?」


 理恩の周辺に一瞬にして黒い甲殻が形成され、上半身を覆い隠した。甲殻に刃が激突するが、他の部分とは比べ物にならない頑丈さではじかれてしまった。


「ごめんなさぁい、あなたのケアは肌に合わないの」


 甲殻を解いた理恩は、妖艶な笑みを浮かべて綴を見おろした。


「ふふ、本当にいい気分! 小さなネズミを踏みにじるのって最高に楽しい!」


 理恩は鎌を綴に向かって薙ぎ払う。綴はそれを寸前でかわす。連続で攻撃を放った反動か、彼は疲労を色濃く見せていた。


「――爆砕バクサイ


 それでも綴は構わずページを放った。理恩の眼前で激しい爆風が巻き起こるが、理恩は甲殻を身にまとい、傷一つついていない。


「だから無駄って言ったでしょう?」


「無駄と言いつつ必死に身を守ってやがるのは、そこが弱点だって主張するのと同じだ」


 圧倒的に不利な状況でも、綴は余裕の態度を崩さない。


「……当たらなければ意味ないわ」


 理恩は声のトーンを落とし、綴をねめつけた。綴の言うことが当たっているようだ。


「それにあなたはもう限界に近づいてるでしょう? わかるのよ?」


 理恩が勝ち誇った笑みを浮かべる。

 綴の顔色は遠目でもわかるほど色が無くなってきていた。写本のページを変化させるのは、それだけ精神力を使うことなのだ。


「だからどうした? お前こそ俺みたいなネズミくらい、すぐ仕留められないのか?」


 綴は弱味を見せるどころか、さらに挑発する。


「そろそろ、減らず口を叩けなくしてあげてもいいのよ?」


 理恩はその言葉に逆なでされ、声に怒気をはらむ。

 綴は理恩と反比例するように心を落ち着かせ、集中力を研ぎ澄ませる。そしてゆっくり腰の後ろにあるものに手をのばした。


「あれって……」


 こよりは綴の腰にさげられている銃を眺めた。最初はてっきりそれで敵を攻撃するものと思っていたが、今の今まで使用せず用途がわからなかった。


「あの銃は、『改訂カイテイ』と呼ばれるものです」


 帯乃助が銃を見て言った。


「かいてい?」


 それは本の内容を正すという意味の言葉だ。こよりは自分で言って、初めて意味に感づいた。その言葉はこの世界ではどのような意図を表すか。


「あの銃で撃ったものは、今までの紙片とは比べ物にならない微小さで細分化されます。それこそ内容が書き換わるほどに。それによって本を修復するのではなく、改訂――再構成し、別の本に作り替えるのです」


「それを理恩に撃つの……?」


 こよりは恐怖を覚えた。蟲に食べられて本を失うのとは別に、本、要するに自分の心が外部の力によって書き換わってしまうのだ。それは果たして許されるのだろうか。


「あれは強力無比な武器です。蟲の堅牢な甲殻でさえ、たやすく破るでしょう。しかし強大な力ゆえに撃てるのは一発が限度です。精神力をほぼ使い果たし、まともに動けなくなってしまいます」


 外したが最後、後がない。まさに最後の切り札ということだ。


「あれが当たったら、理恩が理恩じゃなくなるってことだよね?」


「はい……。しかしこうなってしまった以上、道は残されていません」


 帯乃助が大きな瞳を伏せる。

 帯乃助とは裏腹に、こよりは決意を固めたように理恩を見つめた。

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心想の製本者 鷹沢ひろ @botamochita

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