第20話

 こよりたちは理湖に連れられ、書斎の中へ入った。


「ごめんなさい、まだ遺品を整理できてないのよ」


 理湖が申し訳なさそうに言う。

 書斎は三人が入ってもやや余裕がある広めの部屋だったが、実用書や書類が無造作に置かれ、カーペットの幅を狭めていた。窓際のデスクにも、ファイルや本が山積みになっており、ついこの間まで使用者がいたのだということを実感させた。

 帯乃助が綴の肩から積まれた本の上にパタパタと移動する。本の上にいるのが落ち着くようだ。


「散らかり放題でしょう? あの人、ここだけは私に掃除させてくれなかったの。不思議と、どこになにがあるのか把握できてたみたいだけどね」


 綴が無言でうなずいている。その点は非常に共感できるらしい。


「この部屋をそのままにしておけば、あの人がひょっこり帰ってくる気がして、なかなか手が出ないのよね」


 理湖は寂しそうな笑顔を浮かべた。

 この部屋を掃除するということは、夫の死を認めるということなのだ。大切な人が理不尽な理由で突然いなくなってしまったら、そうなるのは当然のことだとこよりは思った。理湖はそれをぐずぐずと引っ張る性格ではないだろうが、今は理恩のことも、のしかかってきており、少しでもすがりたい気持ちがあるのかもしれない。


「ここにある可能性が一番高いんだな?」


 綴は部屋をぐるりと見渡し、理湖に確認する。


「ええ、お父さんがなにかをしまい込むとしたら、ここ以外にないはずよ。リビングよりもここの方が落ち着く、なんてことを言っていたくらいだし」


 理湖が苦笑する。女二人に挟まれると、たまには一人になりたいときもあるのかもしれない。


「あ、この本棚」


 こよりは扉のすぐ横、デスクの反対側にある場所に古びた本棚があるのを見つけた。


「それ? お父さんが若いころから使ってる、とても古いものなの」


 理湖が本棚を軽くさする。


「お父さんが実家に住んでた頃にもらったものらしくて、理恩も小さい頃、よくここに絵本とかを置いてたわ」


 理湖が遠い場所を見る。幼いころの理恩が、本を置きにくる場面を思い出しているのだろう。こよりもそんな理恩を想像し、ほほえましい気持ちになる。


「思い出の本棚なんですね」


 こよりが本棚に興味を示したのは、最近見覚えがあったからだ。理恩の図書館内で『心央』に入ったとき、『心核』として据えられていた本棚がまさしくこの本棚だったのだ。理恩の根源を記した本が収められるほど、理恩にとって思い出深いものだということだ。

 図書館内にあったものと違い、古びた様子は同じだが本が隙間なく収められ、しっかりと姿を保っていた。理恩の『心核』も、こちらと同じ状態にしてあげたい。

 隣を見ると、綴も本棚をじっと見つめていた。


「それじゃ、私はリビングに行ってるわね」


「えっ、いいんですか?」


 いくら自分がいると言っても、昨日初めて出会った少年と二人、しかもコノハズクまでいる状態で部屋の中を物色するのを許すのは信用し過ぎな気がする。


「見てると、つらくなっちゃうのよ」


 理湖は両手を胸の辺りでぎゅっと握りしめた。

 理湖が気丈なため意識が薄れていたが、つい最近夫を失ったばかりなのだ。傷を開く真似をしていることに気づき、こよりは罪悪感に襲われた。


「そんな顔しないで。私がしっかりしなきゃいけないことなんだから」


 理湖は「頑張ってね」と言い残し、書斎を出ていった。


「できた母親だな」


 綴が理湖のことを称賛する。

 彼が先ほど頭をさげたことに驚いたが、人を褒めるということにも心底驚いた。だが、それよりも気になることがある。


「なんで上から目線なのよ!」


「っ!?」


 こよりは綴のしわの寄った眉間を人差し指で小突く。予想以上の衝撃だったらしく、痛そうに手で押さえた。綴が態度以外軟弱なことを目の当たりにして、実力行使に出たこよりだった。


「おばさんのことを見習いなさい、本バカ!」


「お前が見習った方がいいんじゃないのか、鈍器女」


 憎まれ口を叩く綴を、キッと目線だけで黙らせる。綴はフンと鼻を鳴らしただけでそれ以上なにも言わなかった。

 様子を見ていた帯乃助が「ホーウ」と一鳴きする。図書館内ではないのでなにを言っているのかはわからないが、どこか諦観のこもった鳴き声だった。

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