第21話

 こよりはまずデスクの抽斗ひきだしの中を確認することにした。他人のデスクを開けるのは著しくプライベートを侵害しているような気分だったが、今はそれを飲み込んだ。


「うーん、ないなぁ」


 こよりは膝立ちになって中を探るが、仕事用のファイルや文房具しか入っておらず、ヘアピンらしきものは見当たらなかった。


「ヘアピンは、花の飾りがついているのか?」


 綴もデスクの右側にある背の低いタンスを探っていた。二人して抽斗を漁っていると、本当に家探ししている気分になってきてしまう。


「そう、白くて丸い花びらで、真ん中に黄色い雄しべがあるの。すごく可愛いんだよ」


 こよりは記憶の中にあるヘアピンを思い出す。それと同時に理恩の顔も浮かんできた。こよりにとって理恩の髪に差さっているのが普通なのだ。ふわりとした栗毛に少し幼い印象のヘアピンが相まった姿は、見ただけで微笑んでしまうほど可愛らしい。

 デスクの上には、そのヘアピンを着けた幼い理恩の写る、家族写真が飾られていた。両親と手をつなぎ、嬉しそうにしている理恩がそこにいた。


「あとはどこかな」


 抽斗に見切りをつけ、他の場所を探そうと振り返った。


「なっ!?」


 こよりは背後の光景に愕然とした。

 タンスを探っていた綴の周りに、取り出したものが無造作に捨て置かれて散乱していた。


「なにやってんのよ!」


 タンスに手を突っ込み続ける綴に文句を言う。


「ヘアピンを探している」


「そりゃそうよっ! どうしてこんなに散らかす必要があるのかって言ってんの!」


 もともと散らかった部屋ではあったが、足の踏み場くらいはあった。今は書類や小物が適当に散らかされ、人の活動する隙間は皆無だ。


「散らかす……?」


 綴は自身の周辺を見るが、なにを言っているのかという表情で首を傾げた。この程度では散らかっているうちに入らないらしい。


「あんた、いつでもどこでもこうするのね……」


 こよりは日本海溝よりも深いため息をついた。きっと彼の図書館には「整理整頓」という単語の書かれた心想書が存在しないに違いない。

 こよりはひとまず部屋の片づけを優先することにした。このままではヘアピンのような小さいものだと見落としてしまう可能性がある。片づけようと立ちあがり、一歩踏み出した。


「えっ、ひゃっ!?」


 どういうわけか、散らかした書類がこよりの足元まで及んでおり、思いきり踏んづけてしまった。バナナの皮を踏んだがごとく、滑って後ろ側にひっくり返った。

 ずでん! と鈍い音が部屋に響き渡る。その拍子に寝ぼけていた帯乃助が慌ててきょろきょろと首を動かした。


「いったぁい……」


 受け身を取る暇もなく臀部でんぶを強打してしまう。綴の散らかした物が当たって身体のあちこちに痛みが走った。


「もう、あんたどういう散らかし方を……あれ?」


 こよりがお尻をさすっていると、正面の本棚の変化に気づく。今の衝撃で本と本の間に挟まっていたらしい紙切れが外に出てきていた。

 ふとそれが気になり、引き出してみる。それは単なる紙切れではなく封筒だった。表にはなにも書かれていない。


「手紙?」


 なにげなく裏面を見る。そこに書かれていた文字に目が吸い寄せられた。


「『理恩へ』!?」


 やや右あがりの癖字で、小さく理恩の名前が記されている。気になったのか、帯乃助も肩に移動してきてじっと見つめた。


「見せろ」


 綴がこよりから手紙を素早くひったくった。床に落ちている資料の一つを拾い、目を皿のようにして手紙と見比べた。


「上原理恩の、父親の字のようだ」


 なにをしているかと思えば、筆跡を調べていたらしい。理恩のへの手紙が残っていたという事実に、封筒をひったくられた不満もすべて吹っ飛んだ。


「これ、中に」


 よく見てみると、封筒の下部がわずかに膨らんでいるようだ。手紙以外の小さなものが一緒に入れられている。

 それを見ると、綴はなんのためらいもなく封筒を開けようとする。


「ちょっと勝手に!」


「上原理恩のためだ」


 それを言われると、こよりも弱い。それでも、父親が娘を想って書いた手紙を他人が勝手に開けるのはさすがに気が引けた。


「理恩を動揺させて、隙間を与えればいいんでしょう? なら封筒を見せるだけでも十分かもしれないじゃない」


 これは理恩のために書かれた手紙だ。なら初めて読むのは理恩でなくてはならない。こよりは手紙にかかっている綴の手を押さえた。


「……ふん」


 綴はしばらくこよりを睨んだが、引きさがらないところを見てその手をおろした。


「理恩のところへ行こう」

 この封筒があれば、きっと理恩の心に訴えかけることができるはずだ。

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