第18話

「けほっ、けほっ……た、たいちゃん?」


 こよりが見ると、帯乃助が理恩の頭をつつきまわしていた。そのおかげで理恩の手が緩んだらしい。


「チッ、やっぱり猿芝居だったか」


 舌打ちをしながら、綴が現れた。


「ど、どういうこと!?」


 矢継ぎ早に事が起こり、こよりは混乱した。


「あいつの目を見ただろう? 女王は倒されたフリをして、図書館のどこかに隠れてやがったんだ」


 やはり蟲は倒されていなかった。女王を倒したとき、綴がおかしな表情を浮かべていたのはそういうことだったのか。


「でも、なんでアンタがここに?」


「倒したときに出てきた紙片が少なかったからな。気になって今日一日お前らをつけさせてもらった」


「え?」


 綴はさらりと恐ろしいことを言う。今日一日とはいったいどこからを言っているのだろう。まぁ、そのおかげで命拾いしたのだが。


「また邪魔するの……? あなたたちはっ!」


 帯乃助をぺちんと振り払い、理恩がこよりたちを睨んでくる。図書館の中で見た、あの理恩そのものだった。


「目障りなのよぉぉぉぉっ!」


 理恩は怒りに任せて叫び散らし、鞄を振り回した。


「チッ」


 綴は迫ってくる理恩を、距離を取ってかわす。


「やめて!」


「邪魔だ! いなくなれ! 消えろ!」


 理恩は拒絶の言葉をまくし立てた。図書館内と同じく聞く耳を持っていない。

「黙らせるしかないか」


 綴は理恩の動きを観察し、隙をうかがう。理恩は秩序なく鞄を振り回しているため、なかなかタイミングをつかめない。


「わたしの邪魔を――っ!?」


 体勢を立て直した帯乃助がもう一度空からつつきまわす。バサバサと翼を広げ、理恩の気を散らした。

 チャンスを見逃さず、綴が警棒のようなもので理恩に殴りかかる。直接意識を失わせるつもりのようだ。

 綴の攻撃が理恩に直撃する、とこよりは思っていた。

 すぽっ!

 綴の手から棒がすっぽ抜け、腕は空を切った。当然理恩にはなんのダメージもない。綴はそのままの勢いで前のめりに倒れ、身体の前面を思い切りアスファルトに打ちつけた。


「え?」


 こよりはぽかんと呆気にとられた。え、なんで? こけた?

 理恩もなにが起こったのかわからなかったようで、しばらく動きをとめていた。


「チッ!」


 綴はがばりと起きあがって体勢を立て直す。おでこや鼻が赤くなっており、相当痛かったらしい。

 急いで棒を拾い直し、もう一度理恩に殴りかかる。今度は突っ立ったままだった理恩にたやすく当たった。


「痛っ!」


 理恩は頭を押さえて顔をしかめた。意識を刈り取るどころか、普通に痛がっているだけだ。よく見ると綴の棒の振り方はへろへろしていて、あれでは大した威力になりそうもない。


「あはは、綴くん相変わらず弱っちぃねぇ」


「ひゃっ! 瀬鳥さん!?」


 いつの間にかこよりの横に瀬鳥が現れていた。わざとらしく手でひさしを作って綴を観察している。


「綴くん、向こうだと強いんだけどねぇ。現実だと身体が追いついてないんだよ」


「えぇぇ……」


 図書館だとあれだけ超人的な動きをしていたのに。そういえば、昨日理恩を取り押さえたときもすぐに振り払われていたような……。


「女の子の力にも負けちゃうようなモヤシっ子だからね~」


 瀬鳥がからから笑う。

 余裕の態度を崩さないくせに、ギャップがあるにもほどがあるだろう。

 綴が大したことないと見るや、理恩は強気に鞄を振り回す。綴は間一髪でよけた。


「おっと、このままじゃ綴くんが危ないね」


 瀬鳥はそう言うと、体勢を低くして地面を蹴る。こよりが気づいたころには理恩に肉薄していた。


「は、はやっ!?」


 瀬鳥は忍者さながらの動きで理恩の背後に回ると、彼女の口元に布をあてる。途端に理恩の目がとろんとまどろみ、全身から力が抜けていった。


「ダメだよ一人で行っちゃあ」


 瀬鳥は完全に意識を失った理恩を抱える。


「一緒に行くはずだったのに、こよりちゃんが危ないからって飛んで行っちゃうんだもん」


「……五月蠅い」


 綴はそっぽを向いてしまう。


「え、えっと、あの」


 こよりはもはやどれから聞いていいのかわからなかった。綴が実は弱かったことも驚きだし、瀬鳥があんな動きができるのも驚愕だった。


「日がな本ばっかり読んでる綴くんが強いわけないでしょ?」


「た、確かに」


 こよりは納得する。瀬鳥が強い理由は、理恩に吸わせた薬品の謎と共に胸の内に秘めておくことにした。


「無駄話をしてる場合じゃない。手遅れになるぞ」


 綴が上からものを言ってくる。あの様子を見た後では形無しだが、今はそれを気にしている余裕はなかった。


「そ、そうよ! 理恩は大丈夫なの!?」


 こよりはなぜこんなことになったのかわからず、綴を問い詰めた。蟲を倒し、理恩が元に戻ったかに見えて安心していたのに、どうして。


「さっきも言ったが、女王は俺の目を盗んで逃げたんだ。一時的に上原理恩の意識が戻ったのは、最後の成長を遂げるために活動をとめていただけらしい」


 綴は悔しそうに舌打ちした。


「もう一度図書館に入る」


 綴が気を失っている理恩に手をかざす。を開くため、意識を集中させた。


「っ!?」


 綴が力を使った直後、バチン! と手がはじかれる。


「クソ、拒絶された」


 綴が左手を押さえる。手のひらには火傷のようなあとがついていた。


「うーん、一度侵入してるからねぇ」


「入れない、の?」


「初めのうちは警戒されてなかったからな。今は図書館に入るためのを埋められている」


 図書館に入ることができないということは、蟲を倒すこともできないということだ。


「時間もそろそろヤバいんじゃないかな。昨日の時点で結構食べられてたんでしょ?」


「ああ。もう消化されるまでわずかしかないだろうな」


「そんな!」


 このままでは、理恩の本が失われるのを、指をくわえて見ているしかない。


「どうにかできないの!?」


「上原理恩の心に、他人の心想を送り込むだけの隙間を開けることができれば、図書館に入ることができるだろうが……」


 隙間とはどういうもののことを言うのだろうか。


「よーするに、理恩ちゃんに動揺を与えればいいんだよ。ただ、本気で心を揺らすような、理恩ちゃんの根幹に関わる出来事を見せなきゃならないね」


 瀬鳥が口元に手をやって考えるが、いい案は浮かばないようだ。


「動揺……」


 最近理恩の心が揺れた出来事といえば、やはり父親の事故だろう。しかし、その父親の幻想を見せられているとなると、そのことで動揺させるのは難しいように思えるが……。

 こよりの脳裏になにかが引っかかる。図書館内で見た理恩の記憶と、女王を追い詰めたときに理恩が叫んだ言葉。


「そうだ、ヘアピン!」


 ヘアピンのことがなにかわかれば、動揺を与える糸口になるかもしれない。


「おばさんなら、なにか知ってるかも」


 こよりたちは理恩を連れ、再度上原家へ向かった。

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