第13話
残った蟲はあとわずかだった。綴は手早くページを放ち、ついに最後の蟲を紙片へと変えた。
「どうなるかと思ったぁ……」
こよりがふぅ、とため息をつく。辺りを包んでいた嫌な空気は晴れていた。
「お前、一人でなんとかなったんじゃないのか」
パタンと本を閉じながら綴が声をかける。
「む、無我夢中だったんだもん!」
まさか自分の蹴りが蟲に通用するとは夢にも思わなかった。
「無我夢中だからこそ効いたのかもしれません。ここでは意志の力がなにより重要ですから」
「フン、火事場の馬鹿力か」
綴がジト目でこよりを見る。「馬鹿」の部分だけ強調したように聞こえたのは気のせいか。
「さて」
綴が向きなおり、地面に散らばった紙片を見渡した。
蟲の襲来により、美しかった花畑は食い荒らされ、無残な状態となっていた。
「理恩の本が……」
今の蟲たちが食べた分だけで、いったいどれだけ理恩の心想が失われてしまったのだろう。こよりは沈痛な面持ちでうつむいた。
「こより様、落ち込まれるのはまだ早いですよ」
「えっ?」
こよりは帯乃助の言葉に顔をあげる。
綴が散らばった紙片に手をかざした。意識を集中させると、紙片が淡く光を帯びる。まるで花畑全体が光っているような錯覚がした。
「――
綴が静かな声音でつぶやく。すると、紙片の光が徐々に増していき、地面から太陽が照りつけるような輝きとなった。こよりは目を開けていられず、思わず手で顔を覆った。
輝きが静まってきたころに目を開けると、足元の紙片が消え去り元の花畑が姿を現した。
「すごい、戻ってる!」
こよりが感嘆の息をついた。
「ホーウ、すごいでしょうそうでしょう!」
帯乃助が羽根を バタバタさせる。。
「これが綴様のお力なのです! 食べられてしまった本は蟲に消化されるまでにある程度時間がかかります。完全に消滅する前に蟲を倒し本のかけらを修復することができれば理恩様の心はきっと元に戻るはずです!」
帯乃助が一気に言葉をまくし立てた。まるで自分のことのように自慢げだ。
「理恩が、元に戻るのね!」
こよりは手をポンと合わせて喜んだ。すでに食べられてしまった本はどうなるのか心配だったが、これなら大丈夫だ。
こよりは帯乃助の羽根を持ってぴょんぴょん飛び跳ねる。帯乃助も嬉しそうにはしゃいでいた。
「五月蠅い、時間がないんだ。集中させろ」
綴がぴしゃりと言い放ち、まだ残っている紙片の修復にかかる。こよりたちはピタッと姿勢を正してそれを見守った。
「あれ?」
もう少しで作業が終了するというところで、こよりは一枚だけ離れたところに落ちている紙片を見つけた。それをなにげなく手に取った。
(どうして……どうして私のヘアピン捨てちゃったの? お父さん!)
「あ――」
紙片から声が流れ込んでくる。それは理恩の、父親に対する怒りの声だった。
こよりは、理恩がお気に入りのヘアピンを着けていなかったことを思い出した。白い花の形をした飾りのついているヘアピンで、彼女が外に出かけるときは常に身に着けていると言ってもいいほどだ。だが最近、ヘアピンを着けないで学校に来ていた。心配したこよりはそのことを尋ねたが、お茶を濁されてしまっていたのだ。
「むやみに触るんじゃない」
綴が紙片をひったくる。こよりは飛びあがりそうになった。
「他人の記憶を見続けると、自分の心想が浸食されることもある」
綴は紙片を元の花の一部に同化させた。
「そ、そう」
返事をしたこよりだったが、理恩のことが気がかりで上の空だった。理恩の心になにが起こっていたのだろう。近くにいながら、自分は助けになってあげられなかった。
「これから、助けになれればいいんだもんね」
こよりはネガティブになりそうな考えを、頭を振って中断させた。
早く理恩を元の状態に戻してあげないと。
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