第5話

 しばらくすると、部屋の中から綴が戻ってきた。


「その格好で、外に?」


 戻ってきた綴を見てこよりは呆気にとられてしまった。

 大きな外套を羽織り、足はがっしりとしたブーツ、かぎのついた丈夫そうなロープを身に着け、まるで登山に行くような格好だ。特徴的なのは、腰に分厚い本を括りつけていることだった。白い表紙に、よく見なければ見落としてしまうが、同じ白で模様が描かれた、真っ白なデザインの本だ。

 こよりはその本に見覚えがあった。確か学校で綴を目撃した時、腰につけていた本と同じものだ。

 綴はまだなにか持ってきていた。こよりは一見、もう一冊本を持っているのだと思った。だが本にしては形が長方形でなく、素材も紙ではない。一方の端には筒状の穴、もう一方には人が握るための取っ手とが取りつけられている。


「え、それ……銃?」


 それは本の装丁を模した銃だった。腰に着けている本と同じ白い銃身に、金色の植物のような模様が描かれている。銃としては大振りだったが、おそらく形式的には拳銃に分類されるだろう。


「そんなもの、なにに使うの?」


 まさか理恩に向かって撃つなんてことは……。


「大丈夫大丈夫、こよりちゃんが思ってるようなことはないから」


 あはは、と瀬鳥が軽い調子で笑みを浮かべる。


「でも、銃なんて」


「平気だって、あの銃撃てないから。


「は、はぁ」


 瀬鳥の微妙な言い回しで煙に巻かれたように感じたこよりだが、さすがに綴といえども警察や犯罪者でもないのに人を撃つ真似はしないだろう。

 綴はその銃と本を背中側に括りつけた。外套によってすっぽり覆い隠され、外からは全く見えなくなった。


「前に職質されちゃって大変だったんだよね~」


 瀬鳥が言うと、綴が今にも人を殺しそうな目で睨みつけた。


五月蠅うるさい」


 綴の手が自然と腰に移動しているのは気のせいだろうか。瀬鳥は「おお、こわ」とか言いながら綴の視線から逃れている。というかその外套は銃を隠すための物だったらしい。

 ちょっとしたはずみで簡単に撃ちそうだ。こよりは激しく不安になった。


「とりあえず、その上原理恩の家に案内しろ」


 綴が上から目線でこよりに命令した。

 こよりは多少ムッとしながらも、先に立って事務所の外に出る。朝の事件の後、母親が理恩を迎えに来たと言っていたので、おそらく自宅に行けば会えるだろう。


「あんた、理恩に変なことしたら承知しないからね」


 こよりが後ろを振り向き、声にドスを利かせて睨んだ。


「…………」


 綴はこよりの言葉になんの反応もしないどころか、さっさと先に行けと目で訴えてきた。


(む、無視……!?)


 なんなのこいつ! と幾度思ったか数えきれない。こよりはどすどすと足音を鳴らしながら事務所の門をくぐった。

 道に出た途端、上空から風を切る音が聞こえた。こよりが出所を探している間に音はぐんぐん近づいてきて、綴のところでとまった。


「あ、その子」


 綴の肩にふわりと着地したのは、事務所に来る時に見た小さなコノハズクだった。肩でじっとしていると、まるで小さな雪だるまを乗せているようだ。


「おー、帯乃助たいのすけも行く気満々かね」


 遅れて出てきた瀬鳥が、コノハズクを眺めて言った。「ホーウ」と返事をするように鳴いたと思いきや、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


「あらら、嫌われたもんだねぇ」


「あの、この子帯乃助って言うんですか?」


 こよりが戻ってきて尋ねる。


「そそ。こんなちんちくりんのくせして戦国武将みたいな名前だよね」


 確かに変わった名前だ。その言葉で帯乃助はさらに警戒を強め、綴に身を寄せる。


「懐いてるのね」


 瀬鳥とは打って変わって、綴はとても信頼されているようだ。なにもこんな奴に懐かなくてもいいのに。

 こよりが見ていると、帯乃助はまん丸の目で見つめてきた。


「な、なんかすっごい見られて……わわっ」


 あまりに注目されてたじろいでいると、帯乃助は小さく羽ばたいてこよりの肩に乗ってきた。


「へぇ~珍しい。こいつが綴くんと栞ちゃん以外の人間に懐いてるの初めて見た」


 帯乃助はこよりの肩の上で「ホーウ」と鳴いた。なんだか嬉しそうにしている気がする。


「あは、よろしくね」


 こよりは帯乃助の羽根をさわさわとなでる。見た目通り、モフモフしていて綿あめのようだ。帯乃助もされるがままになでられていた。


「もうすっかり仲良しだねぇ」


「仲良しだよねー、たいちゃん」


 こよりが勝手にあだ名をつける。帯乃助はそう呼ばれて、羽根をパタパタさせた。案外嬉しそうな様子だった。


「おい、気が済んだならさっさと行くぞ」


 今まで一言も発していなかった綴が先を促してくる。

 こよりは帯乃助をなでていた幸福感が一気に醒める思いだった。


「あんたに言われなくたって行くわよ!」


 こよりは帯乃助を肩に乗せたまま門を出ていく。


「こっちの関係も少しくらい良くなってくれればいいんだけどね」

 瀬鳥はぽりぽりと頭を掻いた。

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