第14話
先に進む間、こよりたちは幾度も蟲の襲撃を受けた。そのたびに綴の力で蟲を倒し、本を修復していった。
進むにつれ、襲われる頻度も高くなり、蟲の数も増えていく。それだけでなく、地形も険しさを増す。本でできた細い一本道を慎重に渡ったり、どろどろに液状になった本の上を、足を取られないように素早く移動したり。そんな場所で蟲に襲われることもあり、片時も心休まる時間がなかった。
「はぁ~……」
本日なんど目かわからないブッククライミングを終え、こよりは今にも崩れ落ちそうだった。
「まだ、着かない、の?」
息も切れ切れに綴にたずねる。
「そろそろだろう」
綴はけろっとしている。疲れというものを知らないのだろうか。
「あんた、本ばっかり読んでるくせにどうしてそんな体力あるのよ」
「お前こそ、体力くらいしか取り柄がなさそうなくせして軟弱だな」
「なっ」
瞬時に言い返され、こよりは絶句する。途中から毒舌の頻度があがっているんじゃないか。
「ホーウ、軟弱ですか」
帯乃助が同じ言葉を重ねる。だが顔は綴の方を向いていた。
綴は帯乃助を、射殺すような目で睨みつけたが、すぐに舌打ちしてそっぽを向いてしまった。
「…………?」
こよりにはそのやり取りの意味がよくわからなかったが、めずらしく帯乃助が勝利したらしい。
そんなやり取りをしているうちに、こよりは周りの様子が違ってきていることに気づく。
今まで縦横無尽に乱立していた本棚が、ここにきて整然とした様子に変わってきていた。バラバラだった大きさも一定になり、並び方も同じ向きをしているものも多い。まるで回廊のようになっていた。こよりが前に資料で見たことのある、海外の大きな伝統的図書館を彷彿とさせた。
「綺麗……でも」
一見、古びた城のような荘厳な見た目をしており、感嘆に値する光景だ。だが、そこには致命的に欠けているものがあった。
「かなり食われているな」
綴が表情を険しくする。本棚は隙間が多く空いており、すべて揃っているものは見渡す限り存在しない。食べかけのまま捨て置かれた本もあり、よほど乱暴に食べられたことが見て取れた。中にはすべての本を失ってしまい、今にも崩れそうな本棚もあった。
「これ、大丈夫、だよね?」
凄惨な光景に、こよりは不安を隠しきれず尋ねた。
「…………」
綴はこよりの言葉に答えず、ただじっと状況を観察している。
「かなり危ない状態かもしれません」
代わりに帯乃助が返事をした。
「そんな!」
「ここまで荒らされているとなると、相当の時間が経過したとみるべきでしょう。時は一刻を争うやも」
こよりは絶望感を覚えずにいられなかった。もし失われた記憶の中に自分が入っていれば、理恩の中から自分が消えてしまうのだ。そんなのは絶対に嫌だ。
「食い残しが多いな……」
綴が舌打ちをする。食べ残しがあるとどうなのだろう。
「本の蟲が厄介なのは、ああやって綺麗に平らげないことがあるからです。中途半端に残されると記憶の途中に空白ができてしまい、それによって深刻なパラドックスが起きてしまいます。ある日突然物事の意味や順序がわからなくなり、思考能力が破壊されてしまうこともあります」
「もし蟲がいなくなっても、生活できなくなっちゃうってこと?」
帯乃助は目を閉じて肯定した。
「理恩……」
どうしてこんなことになってしまったのだろう。理恩がなにかしたわけではないのに。
こよりたちは先を急いだ。深刻な空気に誰も言葉を発することができない。
道も以前に比べ平坦なものが多くなり、進むことに苦は感じられなかった。だが、なぎ倒されている本棚やバラバラに破壊されている本棚もあり、景色は凄惨さを増していく一方だ。ほどなくして、ひとつの場所にたどり着いた。
「やっと着いたの?」
そこは巨大なドーム状の場所だった。入った瞬間静謐で厳かな雰囲気が肌に伝わってくる。重要な場所なのだということを直感した。段々になったすり鉢状の見た目をしていて、中央は丸く広場になっている。二つの野球場を、一方を裏返して上下に重ね合わせたような形だ。壁一面はやはり本棚で形成されており、外と同様本は食い荒らされて隙間だらけとなっていた。
こんな状態だというのに見渡した限り蟲はいないようで、静けさが逆に不気味だった。
「ここが図書館の中枢、『
帯乃助がこよりの肩にとまって説明した。ついに目的地にたどり着いたようだ。
「あれは?」
こよりは広場の一点に、あるものを見つける。
ドームのちょうど中心に当たる地点にぽつんと小さな本棚が立っていた。高さはこよりの身長より僅かに高いくらいの、どこにでもあるようないわゆる普通の本棚で、今まで見てきたような常軌を逸した本棚と、逆に一線を画している。
「あれがこの図書館の核……『
綴が本棚を見て告げる。こよりは少し拍子抜けした感が否めなかった。
これだけの空間を司っている中核的存在が、まるで子供部屋にあるような本棚だったのだ。
こよりたちは階段状の棚を降り、広場の中心へ向かった。
「ひどい……」
こよりはその光景に口を手で覆った。
遠くからではよく見えなかったが、本棚は崩れないのが不思議なほど無数の傷が刻まれていた。中には本が残っておらず、切れ端すらも見当たらなかった。
「一つも残らず、か」
本棚を観察しながら、綴が嘆息する。
「む、蟲さえ倒せば本は戻ってくるんでしょ?」
こよりがまとわりつく不安を払うように、明るい声音で言った。
「蟲が活動を開始したのは三日前だったか」
「はい、お話を聞く限りでは。通常、その期間でここまで食べ尽くされていることはないはずですが……」
帯乃助が目を細めて本棚を見る。
「どうやら通常より活動の早い種類のようです。加えて、発生した場所が心央にほど近いところだったのでしょう」
「どういうこと、それ」
不穏な会話にこよりは慌てて尋ねる。
「かなり早い段階から心核書を食べられてしまったようです。早いということは、それだけ長い間消化されたということです」
「そんな……!」
こよりは背筋に暗いものがあがってくるのを感じた。
「まだ時間的には猶予があるはずです。今日中か、もって明日といったところ。速やかに蟲を倒すことができれば、救える可能性は十分残っています」
帯乃助の言葉を聞いて、こよりは少し安心する。理恩を救うための希望が見えた気がした。
「早く蟲を倒そうよ!」
こよりはこうしてはいられないと、綴たちを急かした。
「そうしたいのはやまやまだが、女王の姿が見えない」
「女王?」
綴が聞きなれない単語を口にした。
「女王はその名の通り虫たちの頂点です。今までの蟲は働き蟻のようなもので、女王の命令により活動を行っています。すべての蟲は女王から生まれ、女王を倒さない限り増殖を続けるのです」
「要するに、そいつさえ倒せば理恩を救えるのね」
倒すべき敵がはっきりし、こよりは意気込んだ。
「女王は本を蓄えるために、決まって心央を好むはずだが……」
綴が辺りを見回すが、ドーム内部は静寂そのものだ。本当にそんなものがいるのかさえ怪しくなる。
こよりは焦燥を募らせる。早く倒さなければ取り返しがつかなくなるというのに。
「仕方がない。外に出て――」
綴が急に言葉を切る。こよりの服を強引に引っ張り、こよりを抱きかかえて飛び込んだ。
直後に天井が崩れ、轟音が地面を揺るがす。衝撃破によってこよりたちは壁まで吹き飛ばされた。
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