第21話 江戸時代の火事と闇2
「おう、遅かったな。火事でも見に行ってたか?」
源左衛門さんは絵を描きながらも、見透かしたように言ってくる。こういう洞察力の鋭さは博士に通じるものがある。
「はい、須田町の煮売り屋から火が出たようです。お婆さんが逃げ遅れたとか。」
「ああ、あそこの婆さんか。ここのところ足腰弱って寝たり起きたりしてたからな。」
「知ってるのですか?誰も助けなかったのかな。」
「あのな、佑真。おめえの時代は知らんが、家の材料は木と紙だからよく燃えるし、建物がぎっしり詰まった造りだ。一度火が着けばあっという間に燃え広がるものだ。」
確かにそうだ。防火材も鉄筋コンクリートも無いから当然だろう。冬になれば空っ風も吹くからなおさらだ。
「人のことを気にかけてたら、てめえも燃えちまう。火事の始めに誰か担いでいればいいが、逃げ遅れたのなら無理だろう。」
「で、でも、火消しの人は?」
現代の消防士も救出をしている。火消しだって江戸時代の消防士なんだから救出しないの?
「火消しは燃え広がらないように壊すのに忙しいさ。燃え広がると犠牲も増える。むしろ、火消しだって命懸けだからな。」
「そ、そんな。」
「まあ、壊す前に声かけくらいするだろうし、瓦礫に人が挟まってたら助けるだろうけどな。江戸は足腰弱ったら、死が近づく。仕方ないこった。」
そう言われて、僕は気づいた。湯屋もバリアフリーみたいな作りの割には足腰が悪い人がいなかったこと、町を歩いていても老人は誰もがかくしゃくとしていること。
江戸の老人は皆元気なのだと思ったが、それは違う。少しでも弱ると淘汰される町なのだ。
「源左衛門さんっ!居る?お姉ちゃんが、お姉ちゃんが大変なの!」
息を切らせながら、お梅ちゃんが長屋に駆け込んできた。
江戸の闇に気づいた瞬間、次から次へと闇が襲ってくるような感覚がして、僕は寒気を感じた。
※江戸時代の老人問題は少ないながらも、ありました。認知症や脳梗塞になったと思われる人の記録が残っています。かいがいしく介護している人には孝行者として褒賞が出たそうです。
その一方で、仙台藩の裁判記録には老人のネグレクトや虐待も載っており、江戸の頃の老人問題の根深さがうかがえます。
江戸の火事はボヤを含めればかなりの頻度で起こっており、足腰が弱い人はそこで焼け死んでしまっていたと推察されます。
参勤交代で江戸に来た人が「江戸にはかくしゃくとした老人ばかりだ」と記録に残していたそうです。
障害者など弱者には労ってた記録がある一方で、こういう闇の面もありました。
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