第27話 力比べ大会開催

 藤兵衛さんのおかげで、見世物小屋が立ち並ぶ神田明神の一角を間借りして「力比べ大会」が開催された。

 速さを競うのが、本来の目的だが、僕のタイムマシンのことは伏せなくてはならないので、「特製お手玉を如何に強く投げることができるか」として、特製の板を何枚貫通させられるかというルールに変えた。強く投げれば速いのは当然だ。

 僕はこっそりとタイムマシンの簡易スピードガン機能で計測すればいい。

 優勝者には酒一年分が振る舞われるとあって、かなりの参加者が集まった。

「うわあ、すごい人ですね。」

 お梅ちゃんがはしゃいだように声をあげる。滅多にこういう所へは来れないのかもしれないな。今回はおまつさんの病を治したお礼に特製お手玉を作製させてくれと、お梅ちゃんが申し出たため、スタッフとして参加している。

 江戸の女性は針仕事が早いね。沢山参加者もいるし、傷むだろうから、必要なのは100個くらいではないかと言ったら、二日もしないうちに姉妹二人で全部作ってくれた。

 所々に血がついているお手玉は、おまつさん作のものらしい。……ホントに不器用な人なんだな、おまつさん。

「ところで、おまつさんは今日は来ないの?もう風邪は治ったのだし、出歩けるよね。」

「ああ、ええっと。後で来るって言ってました。」

 なんだろ?僕が訝しげにしていると、司会者の掛け声が高らかに響いた。

「さあさあ、青蘭堂主催の力比べ!この特製お手玉を強く投げて板を何枚破れるか!

 と言っても、こいつはただのお手玉や板じゃない。木の玉に布を巻き付けて、仕上げには厚手の布でくるんだ頑丈な特製お手玉、更に板は硬ーい、硬い唐木製!ちょっとやそっとじゃ破れないよ!

 一人二個まで投げられて、優勝者には酒一年分!飛び入りも歓迎だよ!」


「すげえな、藤兵衛のやつ、ここまで凝ったことをするなんてな。」

 源左衛門さんも規模の大きさにちょっとだけ戸惑っているようだ。

「これだけ投資をしても、源左衛門さんの戯作で元が取れると見込んでるのですよ。評価されてますね。」

「よせやい、なんか照れるぜ。それよりこっそりとたいむましんを使えよ。」

「わかっています。」


 野球ボールの材料はゴムに羊毛、革であるが、この時代には簡単に手に入らないから、いろいろと代用した。唐木は僕が見たところ黒檀だか紫檀の木で厚みがある。これを割れるほど投げられたら確かに時速140キロは出ていそうだ。

 そうして力比べが始まった。次々と参加者が投げているが、板を破れない脱落者も多い。

「うーん、火消しの人とか力士なら、力ありそうなんだけどな。」

 こっそり計測しているスピードガンも時速80キロ行くか行かないかだ。こりゃ、厳しいなと思った時、タイムマシンの数字が「131キロ」を示した。

「こ、これはかなりすごいぞ!誰だ!」

 見上げると初めて板が破られたらしく、周りからは感嘆の声が上がっている。

「あ、あいつは……!」

「へっへっへ、酒はいただきだぜ。」

 ニヤニヤとして二個目のお手玉をポンポンと手のひらで投げている辰五郎の姿があった。

 ……あんな奴に未来へ帰る手伝いを頼むのは勘弁だ。仮に頼んでも、僕に恨みを持っているから引き受けないだろう。ある意味僕はピンチに陥っていた。


 ※江戸時代の娯楽には相撲、歌舞伎、寄席がありますが、盛り場には今で言う軽業師による大道芸や、動物を使った見世物などが興行されていました。

 二大盛り場として浅草と両国が栄え、大規模でしたが、大抵の寺社の境内や門前に見世物小屋が並んでいました。

 見世物の種類は多岐に渡り、軽業、手品、刃の刃渡り、玉乗り、力持ち、七面相、からくり、吹き矢とありました。

 ちょっと変わったところだと「三大女」これは大女の三姉妹がただ座っているだけ。

 当時のチラシの絵の文章を解読してみると姉16才六尺八寸、目方38匁、中の妹11才五尺七寸、目方25匁七百目、末の妹8才五尺一寸、目方十九匁八百目とあります。

 分かりやすく換算すると概ねですが、姉 2m10㎝142キロ、中の妹は172㎝93キロ、末の妹は155㎝71キロとなります。

 現代でも相当ふと…ふくよかな体型です。座っているだけなのに、なぜかこれが大当たりしたそうです。


 それから、江戸時代の女性は針仕事が早かったようです。お店から出奔した奉公人を連れ戻して尋問した古文書が残っており、それによるとその奉公人は奉公先から盗んだ反物を逃亡先の仕立て屋さんに渡して、翌朝には綿入れと帯を着けてさらに逃亡したとあります。

 つまり、1日で綿入れと帯を仕立てたということになりますから江戸の仕事の早さが伺えます。

 その反面、時間にルーズであり、幕末に来た外国人は江戸っ子のルーズさに辟易していたようです。

 …何かと忙しい現代人と比べると、ちょっとだけ羨ましいような気がします。

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