第9話 はじめてのこんよく

「え、えええええっと、こ、こここここ混浴なんですか?」

「何を真っ赤になってんだ?湯屋は混浴が当たり前だぞ。」

 うおおお!なんて素晴らしい時代なんだ!それが!どうして!現代は別々になったんだ!もったいない!

 で、でも、やはり気恥ずかしい。異性の裸は幼い頃に入った母親しか覚えてない。


「入るのか、入んねえのか?」

「は、入ります。」

 気恥ずかしさよりも、埃っぽい不快感の方が勝る。夏だから汗のベタつきもあって不快指数はMAXだ。

「ほれ、お前さんの分の金だ。」

「源左衛門さんの分は無いのですか?」

「俺はこれがあるからな。」

 そう言うと懐から紙切れを取り出した。

「なんですか?それ?」

羽書はがきと言ってな、これで1ヶ月間入り放題なんだ。戯作作りに煮詰まると、気分転換に風呂入りたくなるんだよ。」

 つまりは現代のフリーパスか、江戸時代にもそういうサービスがあったのだ。

 じゃ、中に入るか、ドキドキするなあ。


 そうして湯屋に入った瞬間、僕は驚いた。現代の銭湯は入口すぐに番台があり、脱衣場があって扉を開くと浴場だ。

 しかし、この湯屋には扉が無い。つまり、番台も脱衣場も浴場もワンフロアーで繋がっている。

「へええ、僕の時代と作りが違う。」

 江戸時代のバリアフリーなのだろうか?でも、足腰悪そうな人は見当たらないな。

 それよりも、女性が着替えている。おおお、ま、まさか生着替えが合法的に見られるとは……。それにおっぱいが沢山……。

「おい、佑真。何、間抜け面してんだよ。ほらよ、お前さんの分のぬか袋だ。」

 ぽんとぬか袋を渡されてハッとした。い、いかん、お風呂入りにきたのに煩悩に支配されては。それに万一、こんなところを美咲に見られたら往復ビンタが飛んでくるだろう。

「ぬか袋?」

「それで体を洗うんだよ。終わったら回収する箱があるからそこに入れるんだ。」

 つまりは石鹸代わりなのか。まだ石鹸は高級品なのか、伝わっていないのか。

「まあ、さっさと脱いで服をここにしまえ。作法とかは俺の後に付いて真似すりゃいいさ。」

 た、確かにカルチャーショックが強すぎて、かなり文字数を割いてしまった。急ごう。


 そうして、風呂に入った。

「はい、冷えもんでござい。」

 源左衛門さんが何やら声を掛けながら入っていく。

「どういう意味ですか?」

「冷たい体が当たるかもしれねえが、ごめんなさい、と言う意味の掛け声だ。湯に入るときの作法さ。」

 へええ、そうなのか、じゃあ僕も真似してみよう。

「お前さんは不作法を謝る掛け声がいいな。」

「なんて言うのですか。」

「『田舎者でござい。』だ。」

 そ、そんな!ひどい!僕だってひいおじいさんの代から東京に住んでいるのに!


 ※江戸時代の銭湯=湯屋は、本文にもあるとおり現代と大きく異なっていました。最大の違いは男女混浴であったこと。これは水や燃料が貴重であり、男女別にする余裕が無かったためです。

 公序良俗の乱れを懸念した幕府が度々混浴禁止令を出しましたが、なかなか守られずやっと明治時代ごろになって男女別になった経緯があります。

 また、上記の事情から風呂が家にあるのは将軍や大名家くらいであり、身分の上下問わず誰もが湯屋を利用していました。武家と町人が同じ湯船に浸かっていたのです。

 そのため、互いに気持ちよく入浴するため声掛けなどの作法が形成されていったのです。


 余談ですが、石鹸は安土桃山時代に伝来しましたが、普及したのは明治時代になってからです。それまでは、ぬか袋を使って体を洗っていました。石鹸は将軍や大名クラスしか使えませんでしたが、洗剤ではなく下剤として使用していたと言うから驚きです。

確かに食べればお腹壊すでしょうね。

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