第2話 出会いは唐突に
月明かりに目が慣れてきて、辺りを見回す。橋があって、川があるということは、あの河川敷のままなのだろう。金属バットもとい、タイムマシンは時間だけを往き来して空間移動はしないらしい。
で、その
そして、ここは恐らく江戸時代。歴女の姉貴からさんざん聞かされたうんちくでは、この時代は夕方になると町の入り口が閉められて、人の出入りはできなくなると聞いた。だから今は町へ行っても入れない、いや、その前に金もないし、この格好だと怪しいものとして捕まるかもしれない。
今夜はとりあえず野宿だろう。時間移動したのが真夏で良かった。
とはいえ、そのまま河原のそばで寝るのはなんだからあの橋の下へ行くか。
「おっと、その前に。」
僕は親が持たせた災害対策用のペンライトを付けた。いつも腰から下げてダサかったが、今となっては命綱だ。
「さて、この辺りにて野宿するか。」
橋のたもとに腰掛け、ショルダーも降ろす。中身を確認したいが、ペンライトの電池ももったいないし、夜明けになってからにしよう。
ぼんやりと僕は状況整理をしてみる。
「えーと、博士がタイムマシンを発明した。資金稼ぎにテロリストに偽物の爆弾を渡したのが、バレて車にはねられた。博士が無事かどうかはわからない。
で、僕は慌てて金属バットを振って江戸時代にやってきた。で、金も伝も無い。タイムマシンにエネルギーを充填できれば帰れるのだろうが、野球なんて無い時代だから、時速140キロで飛ぶ何かを見つけないとならない。」
改めて声に出して見るといろいろ詰んでいる気がしてきた。いや、詰んでいるよな。
「うおおお!こんなところで死ぬのはいやだぁぁぁ!!」
僕が叫ぶと思いもかけないところから声が上がった。
「うるせえぞ!」
「うわあ!人がいた!すんませんっ!」
どうやら橋のたもとで野宿しているのは僕だけではなかったようだ。
「人が寝てたのによぉ、さっきからブツブツと訳のわかんねえこと言って、頭おかしいんじゃないのか?!」
ヤバい、酔っ払って寝てたところを起こしてしまったか。しかも、なんか怪しまれている。なんとか誤魔化さないと。何かないか?僕はズボンのポケットを探って、大豆バーがあるのに気づいた。これも親が災害時の食糧として持たせているものだ。これをとりあえず差し出して、機嫌を直してもらおう。
「す、すみません。このお菓子をあげますから。」
「あ?菓子?」
姉貴のうんちくによれば江戸時代は菓子は貴重品。信長の時代には砂糖は年間150キロしか国内に無かったと言うから、きっと江戸時代も少ないだろう。この大豆バーも砂糖が使われてるから効果はあるはずだ。
「お!なかなかうまいな!」
ホッ、良かった。機嫌は直ったようだ。ありがとう!現代の菓子!
「おう、菓子を貰ったし、名前を聞かせて貰おうか。」
「僕は、渡部佑真と言います。」
「苗字があるのか、なかなか良い家の兄ちゃんが野宿なんて良くないぜ。」
そうだ、姉貴情報だが、平民が苗字を名乗れたのは明治時代。それまでは身分があるか、お殿様からのご褒美として苗字を与えられていたのだった。
「あ、あの、あなたは?」
「ああ、俺は平賀源左衛門。いやあ、飲み過ぎてここでいつの間にか寝ちまって野宿さ。」
「ひ、ひらが?!」
なんてことだ、さっき博士が言ってたご先祖様がここにいる。言われて見れば、博士の面影がある。
こうなったら、この人に賭けるしかない!
「なんだ、兄ちゃん?そんなに珍しいか?」
「あの、信じてもらえないかもしれないですが、僕は未来から来ました。」
「却下。」
「は?」
「戯作にしちゃあ、出来が悪いな。練り直し!」
「そ、そんないきなりラノベ扱いっ!」
「また訳わかんねえこと言ってるな。」
「あなたの子孫の発明でここに来たんです!」
「練り直した戯作がそれかい、却下。」
「えええ!」
またもラノベ扱いっ!
「どうやったら信じてもらえるのですかあ。さっきのお菓子だって未来のなのに。」
「いや、店に行けば大福や羊羹や団子もあるからな。」
しまった、この時代はそれなりに砂糖の生産が進んで菓子が普及していたのか。現代菓子の王道のチョコは真夏だから持っていないのがあだになった。
「じゃあ、このペンライトは?」
「ぺんらいと?それも最新型の南蛮の提灯だろ?あっちにはいろんな珍しいものあるからな。」
「うわあああ、疑り深いっ!」
「なんだよ、戯作者がそんなつまらない話しか作れねえんじゃ、売れねえぜ。」
このままじゃ、スマホやハンディカムの映像も信じないぞ。何かないか、ショルダーを探ってみる。
その時、古びた本が入っていることに気づいた「発明覚書」。そうだ、さっき博士が言ってたご先祖様の書物だ。
「こ、これならどうですかっ!『発明覚書』!」
書名が見えるようにペンライトを当てて源左衛門さんに見せてみる。
「ん?そ、それは俺が今書いているもの!なんでおめえが…いや、それにしちゃ黄ばんでいる。ちょっと見せてみろ。」
ペンライトと共に発明覚書を見せてみる。源左衛門さんは食い入るように読んでいる。
「半分は紙が白いが、確かに俺の字で書かれているし、中身も今まで俺が書いていたことだ。じゃあ、おめえは本当に未来からやってきたのか。」
よ、良かった。やっと信じてもらえた。
そうして、僕はハンディカムの映像を見せながら説明をした。
最初はびっくりしていた源左衛門さんもハンディカムの映像を信じたようだ。やはり子孫に面影があるからなのだろう。
「つまり、お前さんは240年後の世界からやってきて、平成に戻るためにいろいろしないとならないのだな。」
「はい。」
「よし、木戸が開いたら俺の家に一緒に来い。俺は入れるが、よそ者の出入りは厳しいからな。」
こうして、僕は源左衛門さんに頼ることになった。
「しかし、240年経つと名前も変わるな。子孫の名は“だいはかせ”と言うのか。」
いや、その、それは名前じゃないです…。
※江戸幕府は何よりも火事を恐れていました。家屋は木造、関東平野の空っ風と燃えやすい条件が揃っていたため一度火事になるとその人的被害や経済的損失は計り知れません。
防火対策の一つとして放火を防ぐため、暮れ六つ(午後6時)になると長屋への木戸を閉じてよそ者をシャットアウトしていました。
と、言っても厳密ではなかったらしく、町の住人、医者や産婆は行き来できましたし、木戸番に告げると出入りできたようです。ただし、拍子木を鳴らされて声かけしながらの移動だったとか。…晒し者ですね。
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