第29話 ばっく・とぅ・ざ・平成

 そうして、ある風の強い日。僕はあの河川敷に来ていた。

 そばには源左衛門さんに藤兵衛さん。

 僕より数メートル先にはおまつさん。


 そう、ようやく充電が終わり、おまつさんに特製お手玉を投げてもらう手筈を整えたのだ。あえて大風が吹いている日を選んだのは、追い風にして球速を上げるためだ。

 まあ、おまつさんならその必要も無いかもしれないが。


「おう、佑真、やっと来たか。遅かったから、また辰五郎に捕まったかと思ったぞ。」

「元の服に着替えてたのですよ、これ、制服だから高いし、着物で平成には帰れません。」

「その間に風が止んだらどうすんだ、ったく。」

「大丈夫です、多分これは台風ですから。間もなく嵐になりますから、僕が消えたらすぐに帰ってくださいね。源左衛門さん、藤兵衛さん、本当にお世話になりました。」

 って、台風という呼び方は戦後だったな。この時代はなんて言うのか?いや、その前に台風の概念あったのか?


「まさか、あんたが天狗だったとはね。」

 おまつさんが肩を回しながら僕に問いかけてきた。

「まあ、天狗ではないけど、似たようなもんです。僕が江戸の住人じゃないのは確かです。」

「熱にうなされている時に聞こえてきた“平成”の話、夢のようだったもんね。もらった紅も変わっていたし、きっと天狗の山は極楽なんだろうね。」

「とにかく、その故郷に帰るためにおまつさんの協力が必要なんです。」

「あんたには世話になったよ。命を助けてもらったし、源さんの仲を取り持ってくれたし。ぐすっ。」

「おまつさん、泣いてちゃダメですよ。」


 珍しくおまつさんが泣いている。やはり、女性らしい一面もあるな。


 その時、向こうから走ってくる男が見えた。まずい、辰五郎だ。どこで聞き付けたのか、僕の邪魔をしに来たのだろう。


「待てやぁぁぁ!よくわからんが佑真、てめえの事を邪魔してやるぜぇ!」

 えええ、どこまで邪魔するんだ、あいつ。

 すると、おまつさんは無言で辰五郎の方へ向き、特製お手玉をぶん投げた。

『バコォッ!』

 腹にクリティカルヒットした辰五郎はそのままバタッと倒れた。

「せっかくの別れに水を差すんじゃないよ、ったく。さ、邪魔者はのした。続けようかね。」

 何事もなかったように彼女は予備の玉を手に取り、にっこりと微笑んだ。

 ……おまつさん、無双だ。きっとお梅ちゃんもバックに彼女がいる限り、辰五郎に狙われることはない。ある意味安心だ。


「は、はい。じゃ、お願いします。」

 おまつさんは顔をピシャッと叩き、気合いを入れ直した。

「じゃ、投げるよ。」

「はい、源左衛門さんを頼みますよ。」

「死ねぇぇぇぇ!佑真ぁぁぁ!」


 相変わらずのひどい掛け声だ。でも、これで僕は帰れる。

『カキィィィン!』

 その瞬間、あの時と同じ眩いエネルギーフィールドが発生し、僕は平成の未来へ帰って行った。


「源さーん、あの子は天狗の山へ帰れたのかね。」

「ああ、神通力が発動すると光ると言ってたから帰れたはずだ。すげぇな、俺の子孫の発明品は。」

「これが、天狗の力ですか。いや、これはすごい話が書けそうですね、先生。」

「ああ、こりゃ面白い話が書けそうだ。それに、俺も発明を頑張るかな。」


 一方、僕は元の河川敷に来ていた。街灯もあるし、車の音もするから確実に未来だ。

 車!?奴らの車だ!そうだ、博士に警告すべく、タイムマシンを元の時間のちょっと前に設定したのだ。急がないと!


 僕があの場所に駆けつけると博士がはね飛ばされた後で、僕がバットを振っているところだった。ものすごいエネルギーフィールドが発生し眩い光を放つ。過激派の車はその光で目をやられたのか、急速に蛇行運転し、木にぶつかって止まった。多分、脳震盪でも起こして気絶しているのだろう。

 それよりも、博士!無事なのか?!

「博士ー!無事ですかー!」


「よっ、佑真、帰ったか。」

 何事もなかったかのようにムクッと博士が起きてきて、僕はスライディングのごとく滑りながらずっこけた。

「なんで無傷なんですか!」

「あれを読んでいたから、服の中はプロテクターに加え、日本が誇るJAXAも採用した緩衝材を仕込んでいた。スタントマンも使う奴だ。それに柔道の受け身も習っておいたぞ。」

「“あれ”ってなんですか?」

「お前のショルダーに入れた『発明覚書』だ。貸せ。」

 そういうと博士は冊子をめくり、最後のページを僕に見せた。慣れない楷書体で書いたと思われる字で次のように書かれていた。

『これから弐百四拾年後の子孫の大博士へ。君は時を駆ける物を大発明をするが、“はんでぃかむ”で記録中に、“過激派”と呼ばれる奴から、大きな“自動車”で命を狙われるから用心したまえ。それから“佑真”は私にとっても大事な友人であり、我が妻まつの恩人でもある。くれぐれもよろしく頼む。』

 源左衛門さん、結局おまつさんと結婚したのだな、って突っ込むのはそこじゃない。


「博士……。」

「ご先祖を助けてもらったようだな。」

「博士、僕、本当に心配して……。」

「その点は済まなかったな。話すとパラドックスが起きるからな。」

「……と言うことは、最初から僕が江戸時代に行くとわかってて……。もしやタミフル紛失もわざとですね。」

「え?」

「おかげであの時はテストが大惨敗で、追試になって留年の危機だったのですよ。」

「い、いや、そこまでは知らん。」

「人を利用すんなやぁ!」

 持ってたバットを振り下ろしたが、博士は間一髪、避けた。

「ヤバい、マジ切れしたか。ゆ、許せ、佑真。」

「逃げんなおらぁ!釘バットじゃないだけありがたく思えい!」

「そ、その前に過激派が気絶している間に逃げないと!いや、通報か。」


 博士を追っかけながら、まあ、平成に帰ってこれたからいいやとも考えていた。


 ※台風という呼び名が定着したのは昭和31年です。それまでは江戸時代には中国からの言葉を使って「 颶風ぐふう」と呼び、明治のころに「大風」、「颱風たいふう」と呼ぶようになりました。

 ただ、1828年にシーボルト事件があった時に来た台風「シーボルト台風」は、当時の記録には「子年の大風」や「文政の大風」と表記されているため、一般的には「大風」と認識されていたように考察されます。

 このように江戸時代は台風の概念はあまりなかったようです。しかし、江戸は火事だけではなく、水害にも悩まされた町ですから、水害が起きた時は台風が上陸していたのではないかと思います。

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