第19話 江戸しぐさはガセ?

 そうしてお梅ちゃんを送り届けた後、キックボードで江戸の町を軽やかに帰った。もちろん、人にぶつからないようにスピードはやや遅めだ。

 意外と人通りが多くて混雑しているものだな、江戸の町って。だから、江戸しぐさなんてものができたのか。

 って、考えていると、ポツポツと雨が降ってきた。ヤバい、夕立か。僕は急いで帰宅した。源左衛門さんにはタイムマシン一式は雨厳禁と注意してあるから、取り込んでくれただろう。しかし、これでまたちょっと帰るのが延びてしまった。

「ただいま帰りました。」

「おう、お帰り。降られなかったか?」

「源左衛門さんのこれで、急いで帰ることができました。」

「おう、いろいろ役に立ったようだな。」

「おや、佑真さんおかえりなさいませ。」

 あれ?お客さんと思ったら藤兵衛さんか。戯作の催促なのかな?って、ことはそれよりも前にタイムマシンを取り込んでたはずだから……ううう、もうちょっと延びそうだ。

「こんにちは。」

「いやね、先ほどの佑真さんの武勇伝を語ってたんですよ。」

 え?見られてたのか、って、あれだけ大立ち回りすれば当然か。なんかこそばゆいな。話を逸らそう。

「結構降ってきてますね。傘持っていけば良かったかな。」

「傘?江戸っ子は使わないぞ。」

 源左衛門さんが不思議そうに訂正してきた。

「え?傘が無いならば何で雨を防いでいるの?」

「大抵は簑か三度笠だぞ。」

 三度笠って、頭に被るやつだよね。

「え?じゃあ、『傘かしげ』という『江戸しぐさ』は無いの?」

「傘かしげ?江戸しぐさ?なんじゃそりゃ。」

「はて、私もそのようなものは初耳ですね。」

 あれ?そう言えば、さっきの帰り道も三度笠や簑を被った人は見たけど、番傘指してる人なんてほとんどいなかった。

 で、でも江戸しぐさって、道徳の教科書に載ってたから実在するはずでは?

「って、ことは『こぶし浮かし』も?混んでいる乗り物に乗った時、こぶし一個分空けておきましょうってやつ。」

「そんな言葉聞いたことねえな。それに、乗り物って渡し舟くらいしかねえし、混むほど乗ったら沈むぞ。」

「ええ、そもそも渡し舟は腰掛けるような作りはしていませんねえ。」

「じ、じゃあ、『喫煙しぐさ』!喫煙禁止のところで煙草を吸うなって言うのも?!」

「それも聞いたこと無えな。そもそも煙草禁止なんてところ無えぞ。茶屋でも屋台でも店でもみんなキセルでプカプカ吸ってらあ。」

「それも初めて聞く言葉です。」

 二人からダメ出しをくらって僕はカルチャーショックを受けていた。なんてこった。道徳の教科書に載ってたから信じてたのに。

 そうこうしているうちに夕立が止んだ。

「おい、昨日の鮨の屋台でなんか頼んでなかったか?」

 いけない!特注のトロ握りを食べるのだった!

「そうだった!行ってきます!」

 僕は慌ててキックボードを再び使って屋台へ向かった。江戸しぐさが無くても、約束は守らないと。


 ※数年前、電車の広告などで話題になった『江戸しぐさ』。道徳の教科書にも採用されており、粋なマナーがあったものだと当時の作者は思っていましたが、史実など調べるとその存在に疑念を上げる声もあります。

 原田実氏の「江戸しぐさの終焉」などに詳しく書かれていますが、本文で二人が言うとおり江戸時代にはあり得ないことがあげられていること、禁煙という概念がなかったことなどあります。

 番傘一つとっても、普及し始めた江戸後期までは贅沢品の扱いでした。(それ故に、時代劇などで浪人が傘貼りの内職しているのも、高級品だから実入りがいいのです。)

 このように江戸しぐさの疑問点は多々ありますが、落語家の 柳家三之助がTwitterにて「落語は江戸時代から続いているのに、噺に江戸しぐさなんて出てきたことはない。」というの趣旨をつぶやいているのが、その極みでしょう。

 ちなみに、江戸しぐさの中には「マグロの赤身は消化に良いからお年寄りへ、トロは若者へと無駄なく食べ分けていた」というのがありましたが、第11話を読んだ方ならば、おかしいとわかりますよね。

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