第20話 江戸時代の火事と闇

 あれから僕は源左衛門さんの長屋の家事を手伝ったり、湯屋の二階で聞き込みをしたり、おまつさんに睨まれながらも帰る方法を模索していた。

 そうして、野菜を調達した帰り道のことだった。なぜ八百屋へ行ったかと言うと、今日は珍しくおまつさんが来なかったためだ。店に行ったら、おじさんとお梅ちゃんが店番をしていて、聞いたところ昨日から風邪をひいてしまったらしい。源左衛門さんが聞いたら「天変地異が起きるな。」と言いそうだ。

 後で改めてお見舞い行くべきかな、と考えながら歩いていたら、派手な鐘の音が突如鳴り響いた。時代劇で聞いたことのある音だ。確か、あれは半鐘ってやつで、火事の時に鳴らす……火事?!しかも早く連打している!数が多いほど近いはずだ。

「火事だ、火事だぁ!須田町の煮売り屋から火が出たぞ!」

「須田町だと?すぐ近くじゃねえか!」

「おい、見に行こうぜ!」

 野次馬が多いのは江戸時代も変わらない、娯楽少ないものねと言いつつ、僕も人々の後についていった。

 人だかりの先に炎と煙が出ているのが見えた。どうやら隣近所にも延焼しているらしい。

 火消しはまだ到着してないようだ。空の桶が転がっているのも見えたから、初期消火に失敗したのだろう。


「おらおら、『せ組』のお通りだいっ!どいてくんなっ!」

 威勢の良い掛け声が聞こえ、野次馬を掻き分けるように火消しの人々が来た。一人は大きな飾りのついた棒を持っている。時代劇でよく見る火消しだ!これで消火がされる…。

 と、思いきや、火消しは梯子を使って火事の家に大きな棒を持った人が登ったかと思うと、他の火消しはトンカチみたいな道具や、人の背丈の二倍はある大きなさすまたなどで周辺の家を壊し始めた。


「えっ?!ええっ!?壊しちゃうの?!」

 僕がすっとんきょうな声を出したのが隣の人に聞こえたらしく、返事が返ってきた。

「おや、佑真さんじゃないですか。」

 隣を見るとでっぷりとした……ああ、青蘭堂の藤兵衛さんだ。よく会うな。

「あ、ども。」

「佑真さん、江戸に来たばかりですから知らないのですかね。火消しってのは、燃え広がらないように建物を壊すのが役目なのですよ。」

「でも、水鉄砲やポンプみたいな…水が入った入れ物ありますよね?」

「ああ、あの水を入れた竜吐水りゅうどすいですね。あれはまとい持ちにかけて彼に火が付かないようにするものです。」

まとい持ちって、あの棒を持っている人?って、ことは燃えてる建物は…?」

「ボヤなら水をかけますが、あそこまで燃えているのでは、燃え尽きるのを待つしかないです。水は少ないですからね。」

 それって、“火消し”じゃなく“火止め”じゃないのか?現代のようなポンプ車も潤沢な水も調達できないのでは仕方ないのかな。


 そうして、まとい持ちの誘導の中、てきぱきと火消しは周囲の建物を壊し、他の火消しも到着して加勢したためか、延焼はしなくなってきた。

 そして、火事は一時間ほどで燃え尽きたのか、煙は出ているものの、炎が見えなくなった。あ、時計は無いから体感ね。

「煮売り屋と向こう数軒が燃えたってことか。」

「ああ、この分じゃ、菊婆さんは逃げ遅れたかもしれないな。」

「最近、足腰弱ってたからな、仕方ない。」

 周りの会話からして、逃げ遅れた人が出たようだ。

 そう聞いてしまうと、野次馬根性が悪い気がして、藤兵衛さんに別れを告げて僕は長屋へ戻った。


 帰りがけに「平賀先生の戯作の完成、楽しみにしていますからね!」と念を押されてしまった。やはり、あれは書かないとだめなのか。


 ※江戸時代の火消しは様々な種類があり、今回の話に出てくる火消しは「町火消し」と言って鳶職の人によって構成されています。

 本文にもある通り、水は貴重なので延焼を食い止めるために、「さすまた」や「鳶口とびくち」を使って周辺の建物を壊す「破壊消防」と言われる消火方法でした。竜吐水りゅうどすいという簡易ポンプや水鉄砲もありましたが、現代のそれよりも水の勢いもなく、消火目的より火消しの体に火が付かないように使用するものでした。

 鳶職が火消しを担っていたのは、建物の作りに詳しく、壊しかたも心得ているからです。

 なお、鳶口とびくちは現代においても留守宅から出火している時や、急病人の救出のために扉を破壊するときに使われており、地図の消防署のマークもこの「さすまた」をイメージしたものになっています。

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