第5話 え?肉を食べてたの?
「あ、嵐のような女性でしたね。」
ソーラーパネルを再び広げながら、僕は率直な感想を口にした。
「おまつは、気が強くて突っ走るんだよなあ。野菜は助かるけどよ。」
「大根と茄子、どうします?」
「そこに置いてくれ。昼飯のおかずにすらあ。」
大根は僕がよく見る青首大根ではなく、少し細い大根だ。この時代は品種が違うんだな。
ただ飯食らいはなんだから、あとで僕が調理しよう。江戸時代にはめんつゆは無いだろうから苦労しそうだけど、砂糖はともかく、醤油も鰹節もあるはずだからなんとかなるだろう。
そして、僕達は対策のミーティングを再開した。ミーティングいや、江戸時代だから会議と言うのか?
「それで、これは金属バットと言いまして。未来のスポーツ……いや、運動でして、投げた球を打つ道具なんです。博士はこれを好きな時代に行けるようにしたわけで。で、エレキを一杯にして、時速140キロの物体を打たないといけないのです。」
源左衛門さんは一通り説明を聞くと、腕を組んで唸り始めた。
まあ、いろいろな情報が入って混乱するよな。
「佑真、一ついいか?」
「は、はい!」
「時速ってなんだ?」
一瞬ずっこけそうになったが、よく考えてみたらキロという単位も無いし、時間の単位も違うから、時速って何のことかわからないのも当然だ。この時代の単位に換算しないと。紙と筆を貸してもらい、計算し直す。確か、一里が四キロで、一刻が二時間だから、えーと。電卓無いと不便だな。こんなことならそろばんを習うのだった。
僕があんまり長く考えこんでるからか、源左衛門さんは暇を持て余してキセルを取り出して吸い始めた。
「えーと、時速というのは移動する速さです。」
「移動する速さ?なんだかわかんねえな。」
もしかしたら、こののんびりした時代だから速度という概念が無いのかもしれない。
「例えば、歩くと一刻で二里進みますよね。一里歩くのに半刻と。それを僕の時代では時速4キロと言います。
それで、140キロというのはこの時代の単位で直すと、半刻で35里ほど移動する速さですね。」
「ひゃあっ!飛脚はもちろん、猪でもそんなに早くねえぞ!」
「そうなんです。僕の時代でもそんな豪速球を投げられる人は限られています。」
「って、人間で投げられる奴がいるのか、240年も経つと変わるんだな。」
「まあ、この時代と違って肉を食べてますし、力はありますよ。この時代は食べられなかったんでしょ?」
僕がそう言うと、源左衛門さんはキセルから口を離してニヤリと笑った。
「んなこたあねえ、しょっちゅうじゃねえが、食べてるぞ。」
「え?そうなんですか?」
「鶏は柏と言ってるし、ウサギなんかも鵜と鷺だと言って食ったりな。」
なんというとんちだ。って、鵜や鷺なら合法って現代じゃ考えられない!そうか、天然記念物もこの時代はうじゃうじゃいたのか。
「じゃ、鶏肉は食べられるんですね。」
「いや、金のある奴ならば、ももんじ屋で山鯨を食ってるな。」
「ももんじ屋?山鯨?」
「猪のことよ。ももんじ屋はそれを食べさせてくれる店さ。他にも鹿を紅葉と言ったり、薬を食うと言ったりして、結構肉を食ってるさね。」
へええ、江戸時代は大豆と魚しか食べてないと思ってたから意外だった。
じゃ、肉を食べている人にボールを投げて貰えば……いや、金持ちと言ってたからきっと運動なんてしない中年オヤジだよな。ううう、道のりは険しい。
「まあ、気を落とすなよ。今度の戯作の金が入ったら山鯨をご馳走してやるよ。平成に帰ったら土産話にいいだろう。」
そう言って、源左衛門さんはキセルからプカリと煙を出すのであった。
猪かあ、どんな味だろ。でも、僕としては天然記念物の鵜や鷺の方が気になるぞ。
※今回は源左衛門さんがほぼ解説してしまいましたが、江戸時代はガチガチに肉食禁止ではなかったようです。
将軍の食卓には縁起物として鶴が食卓に上がり、庶民でも鶏肉を食べたり、“ももんじ屋”というジビエ専門店で山鯨(猪)や紅葉(鹿)を食していました。
源左衛門さんの時代の後ですが、歌川広重の絵にも「山くじら」の看板があることから、肉食がこっそりとしているようで、堂々と存在していたことがわかります。
ちなみに、ももんじ屋は一店舗だけ現存しており、両国にて営業しています。
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