第4話 強力なライバル?

「なんでいつも飲み過ぎるのかねえ!って、男に負けるなんて、あたし、悔しいっ!」

 おまつさんは怒ってるのか、泣いてるのかわからない声で怒鳴り続ける。やはり差配さんの誤解は解けて無かったようだ。

「ち、違いますっ!ぼ、僕はちゃんと彼女が……!」

 って、彼女という言い回しで通じるのか?と思い当たった。えーと、この時代って恋人って通じたっけ?何かいい置き換えは…。

「彼女、い、いや許嫁がいますからっ!違いますっ!」

 美咲、まだキスもしてないのに婚約しちゃったよ、ごめん。

「佑真、俺が相手するから、とりあえず“たいむましん”を隠せ。バレるといろいろまずい。」

 そうだ、江戸時代にバットタイムマシンやらソーラーパネルを見せたらややこしい。しかし、隠すと充電ができなくなる。帰るのが延びるなあ、ううう。

「おまつ、差配から何を聞いたか知らんが、こいつは俺の甥っ子だ。」

「うう、私の気持ちが通じないと思ってたら衆道だったなんて……!!」

 衆道の意味はわからないが、まだ誤解されてるのはわかる。おまつさん、人の話を聞かないタイプだな。なんとか落ち着かせないと。

 女性ならばスイーツか?予備の大豆バーはあるけど……ショルダーの中に他に何か無いかと探ってみる。

 これは……?なんで博士が持ってるんだ?まあ、いいや、渡してみよう。

「本当ですよ。長崎から来て、いろいろ持って来たんですよ。おまつさんにも長崎土産をどうぞ。」

 僕はショルダーの中から口紅を取り出して彼女に渡した。

「何?これ?」

 そっか、スティック型の口紅はこの時代には無かったのか。レクチャーせねばならないな。

「こうやって少し回して出してから唇に塗るものです。塗ったら軽く紙に当てて余分な油を吸わせるのがコツです。パール…キラキラした粉が入っているから唇が華やかになりますよ。」

 美咲が言ってたメイクの話そのまま伝える。話を覚えていて良かった。

「まああ、きれいな紅ね!なんかキラキラしているし、さすが南蛮の化粧品は違うわあ。」

 すっかり口紅に夢中になったおまつさんは落ち着いたようだ。やはり、おまつさんも女性なんだなあ。現代の化粧品、ありがとう!そして、長崎とか南蛮の物だと言えば大抵は誤魔化せそうだ。

「もういいだろ、こいつはおめえさんが思ってるような関係じゃねえよ。」

「男でこんな紅を持ってるなんて侮れないっ!やっぱり、あたし、負けてるっ!」

 どこまでも斜め上な考えをする人だ。

「えーと、佑真と言います。源左衛門さんにいろいろ頼まれていた物を届けに来たんです。せっかくだから、江戸見物もしていこうかとしばらく厄介になります。」

「恋敵って訳ね、いいわ、源さんは渡さないからっ!それとっ!今日の差し入れっ!茄子と大根よっ!じゃあねっ!」

 ピシャンと大きな音を立てて、おまつさんは帰っていった。誤解、解けてないよな、あれ。

 未来に帰れるまで、1日8時間日に当てたとしても最短でも10日。それまでに僕達の疑惑を解かないとならない。それに、時速140キロで動く何かを見つけないとならない。

「……なんか、どっかの映画みたくなってきたな。」

 僕は暗澹たる気分となった。


 ※江戸時代の化粧は口紅は、お猪口に入った猪口紅や板状の紅板でした。現代のスティック型の口紅は大正時代に入ってからです。

 江戸時代の口紅は紅花が原料ですが、わずかな赤い部分を原料としていたため、とても高価な物でした。だから、庶民の間では紅を節約するメイクなど涙ぐましい努力をしていたそうです。

 ちなみに、江戸時代の猪口紅は伝統を引き継いだ商店によって現代でも売られてますが、一万二千円もします。如何に当時は高級品だったかわかりますね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る