第3話 僕、誤解されてる?!

 夜が明けるまで源左衛門さんと話していたが、かなりの酒好きのようだった。こうして飲み過ぎるのもしょっちゅうらしい。今日も何故か橋のたもとで寝ていたが、そうなった経緯を覚えてないとのことだった。

 で、本当の職業は戯作者で時折絵を描き、発明はついでらしい。

 …この人の冊子のせいで子孫の人生が狂ったのか。いや、今はこの人が頼りだ。野暮なことは言わないでおこう。


 そして、明け六つの鐘が鳴り、木戸をくぐって源左衛門さんが暮らす長屋にきた。

「よお、また朝帰りかい。」

「ああ、差配さん。見つかちまったか。」

「って、おめえさん。女連れじゃなく男連れで朝帰りかよ。道理で、おまつになびかねえ訳だな。」

 やはり、怪しまれているな。って、僕、ゲイ疑惑かけられてる!?

「変なこと言うない。こいつは俺の甥っ子さ。俺の元へ訪ねてきたのを今朝落ち合って一緒になったのさ。」

「へっへっへ、そうかいそうかい。」

 ……この返事は確実に疑いが晴れていない。まあ、僕は誤解されてもいずれは平成に戻るからいいが、源左衛門さんが困るよな。噂が立って縁談が回らなくなったら……。独身のままになって家系が途絶える。ってことは、博士が生まれなくなる。ってことは僕はタイムマシンを使うこと無く、江戸時代ここには来ないから、源左衛門さんのゲイ疑惑は無くなって……あれ?タイムパラドックスが発生するよな……なんかわからんが、風が吹けば桶屋理論が成り立つと直感っ!まずいっ!

「本当に甥なんですっ!な、長崎帰りで頼まれていた品物を届けにっ!」

「長崎?ああ、だから奇妙なカッコにヘンテコな棒持ってんだな。オランダの物は訳わかんねえな。」

「そういうことだ、迷惑はかけねえよ。」

 なんとか誤魔化せたようだ。ゲイ疑惑は拭えたかわかんないけど。

 とりあえず長屋の源左衛門さんの部屋に入り、朝ごはんをご馳走になる。

 山盛りのご飯、味噌汁と漬物。

 ……これだけ?

「あ、あの?おかずは?卵焼きとか納豆とか。」

「卵なんて贅沢言うない、納豆は棒手振りがまだ来ねえから無しだ。文句あるなら食うな。

「い、いえ、いただきますっ!」

 江戸時代の食糧事情は現代よりもはるかに劣るようだ。予備のお菓子、大事にとっておこう。

 とはいえ、漬物も味噌汁も現代よりしょっぱかったため、ご飯のお代わりまでしてしまった。なるほど、こうして腹を満たしていたのか。

 食事も終えて、改めてショルダーの中を改める。いろんな物が入っているが、当面役に立ちそうなのはハンディカムと充電器にUSBケーブル、ソーラーチャージャー、タイムマシンの簡易マニュアル(博士お手製)もあった。

 それによると、ソーラーチャージャーとUSBケーブルを使ってタイムマシンを充電するとある。良かった、一通り揃っていて。そうでなければ江戸時代で暮らすバッドエンドが待ち受けていたのだ。そうなると美咲には二度と会えない、そんなのは嫌だ。

「えーと、日に当てる時間が……は、80時間!?長っ!」

 いくらエコでも効率悪すぎる!いや、嘆く前に充電しなきゃ。既に日は昇っている。

「なんか変な紐や板切れだなあ。これがそのえねるぎぃと言うもんかい。」

「はい、えーと、この板が日光を電気…いや、エレキテルのエレキを何十倍にしたものに変えます。あ、エレキテルってあったっけな?」

「あん?!エレキテルだあ?」

 源左衛門さんがエレキテルに反応した。通じるのか?

「あ、この時代にあったんだ。平賀源内が発明したんだっけ。」

「発明じゃねえよ、オランダの壊れたやつを直しただけだよ。それなのに将軍様にお目通りしやがって。」

「平賀源内を知っているのですか?」

「俺の叔父貴よ。」

「ええっ!?」

 確かに二人共、平賀という苗字だ。

「叔父貴はいろいろちゃっかりしやがって、美味しいところだけかっさらっていきやがる。発明も戯作もだ。むかつくぜ。」

 確かに片方は現代に名前を残してる超有名人、こちらは全然聞き覚えがないからなあ。

 不機嫌になってきたので話を反らそう。

「ところで、この『発明覚書』はなんで途中から真っ白なんでしょうね。博士が言ってた『未来から来た人間』も載っていない。」

「俺の推測では、先のことはまだ確定しないから消えているんじゃねえか?」

「つまり、ネタバレすると困るからという何らかの力が作用しているのですね。」

「また訳のわかんねえことを。まあ、俺も先の事を知ったらつまんねえから、ちょうどいい。」

「そう言えばさっき差配さんと呼んでたおじさんは?」

「ああ、この長屋を仕切っている大家だ。なかなか面倒見いいぜ。」

 この時代は大家さんを差配さんと言うのか。

「じゃあ、おまつ……さん?と言うのは?」

 僕が名前を出した途端、源左衛門さんが顔をしかめた。

「何を間違ったんだか、俺に気があるらしいのさ。八百屋の娘でやたらと俺の長屋にやってくる。」

「へえ、モテますね。」

「良かねえよ。」

 照れてるのかなあ。そう思ってたら、長屋の戸がガラッと開いた。

「源さんっ!また朝帰りしてっ!しかも男を連れ込んだと聞いたわよっ!」

「うわ、おまつ!」

 見ると気の強そうでガタイの良い女性。この人が噂のおまつさんか。

 って、僕、まだ誤解されてるっ!?


 ※江戸時代のご飯事情は一汁一菜が基本です。かつては1日2食でしたが、明暦の大火(1657年、別名 振袖火事)の復興にあたっていた職人が「1日2食では力が出ない」と食べ始めたのをきっかけに1日3食になっていたようです。食事の内容は米がメインで、おかずは漬物か魚など一点だけでした。平均して1日当たり五合ほど食べていたそうです。お茶碗10杯分になりますから、如何にお米中心だったかわかります。

 ちなみに米はたんぱく質も含んでます。幕末に来日した外国人が「日本人は、肉をあまり食べないのになぜ力仕事ができるのか。」と驚いたそうですが、大豆製品だけではなく、米もたんぱく源にしていたのですね。

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