第22話 お駒風

「お梅ちゃん?!どうしたの?」

「お姉ちゃんの具合が急に悪くなってきて、熱がすごく上がったきたの!」

「おまつが臥せってるのか?天変地異が起きるな。」

 源左衛門さん、僕と同じ事を考えてるな。

「そんなんじゃないの!咳もひどくなってきて、熱がいつもの風邪よりも上がってきて、体が痛いってうなされてるわ。」

 それは、もしかしたら……。

「……まずい!源左衛門さん、おまつさんの所へ行きましょう!」

 僕はショルダーを抱えて急かした。

「風邪なんて、おまつは頑丈だから寝てればすぐに治るんじゃねえか?大げさだな。」

 源左衛門さんがのんきに答えるのとは裏腹に、お梅ちゃんは切羽詰まったように反論してきた。

「違うんです!おっかさんが流行り風邪で亡くなった時と似ているの。凄く嫌な予感がするの!お医者さんも呼んではいるけど……源左衛門さん、いろいろ発明しているのでしょう?何かいいものないかと思って!」

 きっとお梅ちゃんは、源左衛門さんに助けを求めに来たのが半分、姉の死を覚悟してせめて最期に好きな人に看取らせてあげたいという思いが半分で来たのだろう。

「って、そんなこと言われても俺は医者じゃねえし、たかが風邪だろ?」

 源左衛門んんん!どこまで危機感無いんだ、お前は!

「いや、風邪ではありません!それは多分インフルエンザだ!」

「いんふるえんざ?何じゃそりゃ?」

「平成でも場合によっては、死ぬ病気です!」

「なんだと!」

「加えて、現代に比べて江戸時代は食事も栄養状態は良くないし、特効薬もない時代。おまつさんでも危ないですっ!」

「平成?江戸時代?」

 お梅ちゃんが不思議そうな顔をしているが、取り繕う暇はない。

「しかし、まだ9月だぞ!お梅ちゃんのおっかさんが亡くなったのは正月明けの寒い頃だ。」

 そっか、8月に旧暦だと9月なのか。でも、インフルエンザは数は少ないがこの時期でも起こりうる。

「9月でもかかる時はかかります!お梅ちゃん、とりあえず僕だけでも行く!源左衛門さんは後で来てください。おじさんだけでは男手が足りないです!」

「ありがとう、佑真さん!」

「あ、おい、佑真。……ちっ、しょうがねえな。」

 源左衛門さんは渋々といった体で立ち上がった。


 こうして、僕たちは八百屋へと向かっていった。


 ※この時代は感染症による死亡率が高い時代でした。昔の記録にもおそらくインフルエンザが流行したと思わせる記述があります。源左衛門さんのいる時代(1776年)も浄瑠璃の登場人物から取った「お駒風」という名前で流行りました。他にも1874年には当時名をはせた横綱からとって「谷風」、1802年には八百屋お七の唄が流行っていたから「お七風」と呼ばれ、多数の死者を出しています。このように古文書から確認できるだけでもインフルエンザが27回流行したと考えられています。

 よく、昔話で「ふとした風邪が元で亡くなった」という言い回しが出ますが、きっとインフルエンザも含まれていたのでしょう。

 ちなみに、9月でも少ないですがインフルエンザの発症はあります。東京都感染症情報センターのホームページにも「 第36週(8月末~9月初旬)から翌年の第35週までの1年間をインフルエンザシーズン」として注意喚起がされています。

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