第13話 海沿いの旅館のお鍋


 ええ、その人なら確かにうちの旅館にお泊りでしたよ。お名前も……え? 宗って書いてって読むんですか? だとばっかり……駄洒落じゃありませんよ。でもねぇ仕事柄、お客さんのことぺらぺらしゃべるのは、え、2万円? 名刺も……芝谷しばたに……省豆しょうご……また変わったお名前で。ジャーナリスト? それじゃいいかな。なんかおかしな人だったんですよ。菅原道真伝説を調べているってこんな田舎にね。ここから見えるでしょう。天満宮はその人を祭ってるんですってね。地元だけど初めて知りました。初詣も違うとこに行きますからね。あの人なんかやったんですか?


 春の強風に白波が立ち、晴天ではあるがなにか胸騒ぎするような佇まいの田舎町。


 南北の温度差が大きいからだろう。全国を飛び回る身にはつらい季節。


 見れば、海岸線の端に小さな神社がある。歩きでも20分もあれば行ける距離。



 自殺とかですか? 悪いことをするような人には見えなかった。いえねぇ、長年、旅館なんかで働いているとなんとなくわかるもんなんですよ。ここでやらなくても、どっかでやっちゃったのかなって。大学生のフィールドワークならまだしも、あんな寂れた神社なんか調べたってねぇ。仕事を聞いたらフリーターだって言うしますますねぇ。


 都会とは違い、田舎ではまだタバコに寛容なところがある。


 省豆が吸う両切りピースの紫煙は、強風に飛ばされてゆく。


 なるほどあそこで柏手かしわでを打つのは受験生くらいのものだろう。




 どうです? もうこの時間だとバスもありませんよ。安くしときますから、今夜はうちに泊まっては。豪華な宿じゃありませんが鍋が名物なんです。輸入物じゃない。

肉も野菜も地のものを使ってます。海産物は目の前の海でとれたものばかりでさぁ。




 

※ 旅館のお食事レシピ


 殻を丁寧にこすり合わせたて洗ったアサリを鍋に。日本酒で蒸し焼きにする。

 ケチらずに日本酒はドバドバ入れましょう。

 アサリの口が空いたら、半分程度取り出してそのままお酒のおつまみに。

 鶏肉を入れて皮目を焼いたら、お水を注ぎ、白菜の太いところとエノキ投入。

 沸いてきたら、宿自慢のしゃぶしゃぶ食材を楽しみましょう。


◎イノブタの薄切り肉

◎ヒトハメ(紀州で取れるワカメとは異なる独特の味わいの海藻。漁期は初春)

◎春菊、めはり菜(高菜の生)、白菜の葉、アンディーブ(山根松子さん生産)

◎温州ミカンを使った特製ポン酢



※ 実食………………え? 実食はしないの? 今回は遠慮しとく? そりゃあないよお客さん。材料変えたら家でもできそう? ちょっとあんたレシピだけ聞いて……レシピ代……2万円もらったからいいか……タクシーでもう行っちゃってるし。





 家でできるわけないじゃないの、この鍋の売りはこの『赤い弾丸』なんだから。

 途中で劇的に味を変化させる幻の調味料。これを食べずに帰るなんて馬鹿だね。


 まあ、今の男もオカシイけれど、調べてた竹内たかしってのはやっぱり自殺したのかもね。それとも犯罪かな? やっぱり相当オカシイ奴だよ。


 宿帳見たら一人で泊まったはずなのに誰だよ、多恵ちゃんって?



 




 




 

 

 




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