第18話 焼肉・ダブル・ウエーブ


 特別な日がやってくる。だがそんなことが可能だろうか?


 薔薇の花びらがパチンと落ちた。でも部屋には薔薇なんて存在しない。


 けれど、パチンと落ちた。そんなことが……果たして可能だろうか?




 3月14日。リターン・バレンタイン ……つまりホワイトデー。


 バレンタインデーにチョコを貰ってもいないのに、お返しは可能なのか?



 


 そもそも多恵ちゃんは、。理想の彼女はプレゼントを忘れたりしない。

 問題は、付き合い始めたのがバレンタインデーを過ぎてしまっていたからで……

 乗り越えられない壁ではない。真実なんてどこにあるんだ?



 僕は死ぬ。それだけは逃れられない、真実。

 その指にはめる指輪に匹敵するような、真実。


 いや、チョコのお返しに指輪はまずい。重すぎる。

 キスはすませた仲だけど、それでは生き急ぎすぎ。


 そもそも多恵ちゃんの年齢が謎。キスは一回した。


 ロリポップにあまり高級なものは駄目だ。それじぁまるで援助交際。

 かと言って、それなりの年齢の女性に安物を贈っては顰蹙ひんしゅくもの……



 プレゼントをされてもいないのにそのお返しをするという論理的矛盾のその前に、試されている。僕は試されている。妄想でも不実は許されない。キスは一回した。



 もはや世間では友チョコが主流だ。バレンタインデーの経済効果はハロウィン に抜かれた。それほど大それたイベントでもない。要は、誠実に、ダサくなく、気楽にお返しをすればいい。



 キャンディ・マシュマロ・ホワイトチョコレート。

 定番はこんなところだろう。これらを使って月並みではなくクリエーティブなものを気楽に半笑いであげればいいんだ。


 あっ!…………キャンデーは、黒柳さんのところで一回、使っている。

 もっとも料理に使えそうなアイテムは完ぺきに封じられた。


 マシュマロの皮にホワイトチョコレートを具にした餃子……


 混乱している。混乱しているぞ。


 ちなみにネット検索するとそのものずばり、ホワイトチョコレートマシュマロなる美味しそうなレシピがでてきます。気になる人は試してください。


【注意】

 料理レシピは目分量だったり自分の好みに合わすこともできますが、お菓子レシピに関してはグラム単位で図り、その通りにきっちり作らないと大抵は失敗します。


 しかし……ネット情報をそのままパクるのはさすがにやってはいけない。

 こうなりゃ いっそ メルヘンにして、シンデレラな多恵ちゃんにマシュマロの靴を履かせて『ふっかふかやぁ~。この靴、めっちゃふっかふかやぁ~』とアングラ劇団の自己満足でシュールな終わり方を……僕は、マシュマロとホワイトチョコレートをまえにして頭を抱えた。




「……あれ? 多恵ちゃんいつ帰ってきたの? お帰り。手に持ってるのは……? え? 国産牛? 焼肉用? うわぁ~蟹に続いて豪華だなぁ。でも焼くだけだね~」





 ☆超激辛☆ 自家製焼肉のタレ


 ※  材料


 ごま油

 にんにく (みじんぎり)

 にんにく (すりおろし)

 豆板醤 (トウバンジャン)

 豆鼓醤 (トウチジャン)

 辨椒醤 (ラージャオジャン)

 花椒 (ホァジャオ) なければ山椒さんしょう

 しょうゆ

 日本酒 

 すりごま


 【注意】中華調味料が手に入り難い場合も、豆板醤だけは必須。




 ※ レシピ


 小鍋にごま油とにんにく二種、中華調味料を入れ弱火。


 味がなじんできたら、日本酒と醤油を入れてひと煮立ち。


 アルコールが飛んだら火を止め、すりごまと花椒を加えて完成。





「いや……多恵ちゃん。せっかく作ってくれたのに悪いんだけど、タレは市販の物を使おうよ。今の焼肉のタレの完成度は、行きつく所までいっちゃったレベルなんだ。それにずいぶん凝った中華調味料だけど、肝心の甜麺醤(テンメンジャン)が入ってない。全部、辛い調味料ばかりだ。あのね、焼肉のタレにとって甘さは重要なんだ。甜麺醤の甘さだけじゃない。玉葱たまねぎを加熱した甘さ、砂糖、蜂蜜、リンゴ、みりん、カラメル、アミノ酸。肉の味を引き立たせる為の複合構築された……」


 多恵ちゃんは僕の意見を無視して肉を焼き始める。付き合って二週間で倦怠期なんだろうか? しまった。このまえ仲直りしたばかりなのにまったく。国産黒毛和牛の脂が霧のように部屋に充満する中で、僕の後悔も同じように満ちてゆく。これじゃあホワイトデーのプレゼントどころじゃない。



 いい感じで焼けた肉を多恵ちゃんは箸でつまむ。そして……


 なんだって? 焼けた肉にキャベツの千切りをのせて、さらにその上に!


 マシュマロなのか? それはマシュマロなのか? 多恵ちゃんっ!




 僕はなんと愚かなのだろう。マシュマロの甘さ。だからこその、激辛のタレ。

 あえて他の甘みを加えなかった、理由はそこにあった。





 ※ 実食


 口に入れた瞬間は辛いだけ。だが、肉本来の脂の甘みはダイレクトに感じる。

 しかし、それだけじゃ満足できない。そのあとが問題だ。

 キャベツの歯ごたえの中からマシュマロの甘みが飛び出してくる。

 肉の甘さの波にマシュマロの甘さの波が追いついてくる。追い越してゆく。

 


 

 甘さの、Doubleダブル waveウエーブ






 食後酒は、ホワイトチョコレート入りホットウイスキー。

 

 悩んでいた僕を……今回も助けてくれたんだね? 多恵ちゃんっ!








 


 



 






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