第4話 サッポロ・ナンバーワン・塩ラーメン

 俺は今、大阪の湾口近くの寂れた街にいる。

 本当のところ、東京浅草のぼろアパートなのだが……妄想は、時空を、超える。

 そう、ここが俺の生まれ故郷だ。


 体調がよくなると、人は冷静になる。余命一か月……引くことの2日。

 人生の黄昏時たそがれどきどころの騒ぎじゃない。振り返らずにはいられない。


 気性の荒い漁師町。毎日が、どついたるねん! の日々だった。

 一度も負けたことがない……は、嘘になるけど。自慢じゃないが喧嘩は強かった。

 でも、人とつるむのは嫌いだった。だからいつも、独りぼっち。


 俺が生まれたその年に、アポロ11号は月にいった。

 狭い田舎でランブルフィッシュみたいに殴りあうより他に、やるべきことがきっとあるはずだといつも思っていた。それが月面に立つほど大げさなことじゃなくても、もっと創造的ななにか……東京に行けばそんななにかに出会えると信じていた。


 見つめると、海は悲しい色やねん。東京ではなにもかも上手くいかなかった。



 そもそも人類は本当に月にいったのだろうか? 

 ファミコン程度の演算能力で40年以上もまえに月にいけたのなら、どうしてそれ以降、誰も月にいこうとしない? ロケット構造理論が一ミリも進んでいなくとも、アメリカがやらなくたってロシアがいる! 中国がいる!

 所詮、俺たちは権力者の思うがまま、都合よく踊らされていただけじゃないのか?





 ん? どうしたの多恵ちゃん。

 両手に小さな鍋と小さなフライパン持って……あぁ、料理を作ってくれるのか。

 今日はなんだか落ち込んでるから高級食材使った、飛び切り豪勢なのがいいな。



 ※ 材料


 袋麺。卵一個。



 ※ レシピ


 袋麺は説明書どおり厳密に作りましょう。

 ただし粉末スープは仕上げに鍋に投入し、その中で完全に溶かします。


 並行作業で目玉焼きを作ります。

   ただぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~し!!!!!


 卵の黄身は、ほぼなま! いや、正確に言うと生より生。

 白身は完全に火を通し水分を含んだプルプルふわふわの状態。

 一見難しそうだが、フライパンにお猪口一杯の水を入れ、弱火で蒸し焼きでOK.



 多恵ちゃんは知ってる。この世は『かき玉派』と『一個玉派』の醜い争いだと。


 『かき玉派』は主張する。

 ①我々は手鍋一つで完結する。フライパンを別に用意する必要なくコストを削減。

 ②卵を固めてから入れるので、スープは決して濁らせない。『一個玉派』と同等。

 ③調理技量に関係なく安定した味が作れる。並行作業を求める行為は差別である。


 なるほど彼らの主張はもっともである。だが見て欲しい。彼らに見て欲しい。



 鉢の円。

 スープの円。

 卵の白身の円。

 さらに卵の黄身の円。

 出来上がりは魅惑のカルテット。

 おめでとう。羽生選手、ソチのリベンジ、炎の4回転。


  


             そのラーメンは美しかった。







 

 ※ 実食



 麗しき四重円を30秒ほど眺めたら、見つめたら、マジで恋する。

  (麺がしっとりします。それ以上眺めると残飯になります)

    まずスープから。ズズッぅ~。きりりとした塩味。

      能書き言わず、素直にサンヨー食〇に感謝。

        舌を慣れさせる、この行為は必須。

          大地に感謝。山のフドウ。

           あんっ。そこは……

             大っ嫌い。でも

               大好き!

                


      



 そこで、なぜ卵の黄身を生にしたのかが、わかるはずだ。気づくはずだ。

 そう躊躇するな! 君の中心に僕のお箸を突き刺せ! そうだそうなんだ。

 流氷に隠れたクリオネみたいな麺を探り出し、麺に黄身を絡めながらゆっくり引き上げろ。決して円を乱すな。そうだ、これが、カルボナーラだ!


 一滴も卵黄を落とさず、スープを濁らせることなく、麺をすすれ。

 啜れ啜れぇ! 敵は本能寺にはいない。目の前にいる!


 やがて月表面に残されたクレーターを君はみることになるだろう。

 だがここで終わりじゃない。

 え? 黄身を絡めた麺に慣れた舌が、残った麺で満足出来るのかって? 

 塩ラーメンなめんなよ、この野郎!

 なんの為に白身を固めたと思ってるんだ。ぷるぷるの白身は最高のグー。

 具と麺とスープ。同時に啜りこんで黙ってどんぶりを空にしろ! ぷはー!

 ネギさえいらない。今日はお酒もいりません。


 この袋めんは1971年9月に生まれた。アポロが月に行った二年後だ。

 物心ついたときには、いつもそばにいた。はくさい・しいたけ・に〜んじん♪





 ありがとう。落ち込んでた俺を慰めてくれたんだね。

 言わなくてもわかるよ。言いたいことはすべて伝わった。








 人類は、月に到達したんだね、多恵ちゃんっ!


 

 

 


 



 

 


 


 





 


 

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