第7話 天神さんのパエリア(回答編)
洋館の扉には張り紙がしてあった。
『クツの泥を落として、髪を
ふっ。宮沢賢治の注文の多い料理店か? 中々に洒落ている。屋敷に入れば次は
『裸になって体に塩を揉みこんでください』と続くだろう。友人と私が、2人の青年紳士役でなかにいるのが化け猫。だが生憎と助けてくれる猟犬はいない。
麻薬
注文には応じたから扉を開ける資格はあるだろう。サフラン色のそれを押し開く。鍵はかかっていなかった。
≪オマチシテオリマシタ≫
そこにあったのは次の指示をする張り紙ではなかった。どうやら黒幕は強度のSFマニアらしい。奇妙な物体がそこにあった。
スターズ・ウォーにでてくるR2-ddのような外観。どうやらAI(人工知能)を搭載したロボットのようだ。
≪ドウゾコチラヘ≫
使えない景品のGo〇gle H〇meみたいに満足な返事もせずにそいつは廊下を進んでいく。あとに続くと来客用のゲストルームとおぼしき部屋を通り過ぎ、上品な調度品が並ぶ、リビングに通された。
≪オチャヲオモチシマショウ≫
「のんびりしている暇はない。こちらは一刻を争っている」
≪……………………?≫
「いますぐ、おまえの主人に合わせろ!」
≪ワタシノゴシュジンサマハアナタデス≫
「は? ふざけるな。今すぐ、
≪カシコマリマシタ≫ ウィィン・ウィィン・キュルカルカリキュル・・・ぱかっ。
「う・う・うう~ん」
「!? な……
※
「私が依頼者だというのか?」
「あぁ」
しきりに首を振りながら答える。省豆はまだ催眠状態から抜けきらぬ様子で、体のあちこちを揺すりながらその存在を確かめている。聞けば、AIの内部に閉じ込められて、二日目だという。
「そんなバカな。私はそんなことを頼んだ覚えがない 」
「おいおい相棒、大丈夫か? おまえもなにか薬を嗅がされたのか」
信じられないが、状況はこうだ。省豆は私からの依頼を受け、全国を飛び回っていたのだ。『赤い弾丸』を探して……
「おまえも知ってのとおり、俺は取材を始めたら地下に潜る。色々と恨みを買いやすいんでな。ともかく『赤い弾丸』のキーワードだけで取材するのは骨が折れた。でもどうやらそれは天満宮に関係することらしいとわかった。あれだ。受験生がパンパンする神社だ。学問の神様、菅原道真を祭ったもんで全国に200近くもある。
洋館の内部は非常に高価なヒノキでゴキブリが這いだす隙間もないほど精密に隙間なく組まれていた。だが、日が陰る北海道の寒さは容赦なくふたりに忍び寄る。
「ぶるっ、さみぃな。取材をする
省豆は手のひらを俺の顔に向けて指をくぃくぃとする。
たばこか? 私はあせる気持ちを抑え、電子タバコを差し出す。
「相変わらず、しょぼいもん吸ってんな。俺に依頼するなら両切りピースくらい用意しとけっての。焦るな。ここにあったよ。一粒だけな。『赤い弾丸』の現物が……」
頭が混乱している。『赤い弾丸』、謎の女、私の記憶。それはまるで後半でネタがなくなったら困る作家が意図的に違和感ありありの伏線を差し込むような……
「それを元にここで俺は『赤い弾丸』を再現しようとした。で……いまこの状態さ」
省豆は水蒸気を吐き出しながら言った。
「回りくどい。なんだ? 答えろ! 『赤い弾丸』の正体はいったいなんなんだ?」
「調味料だ」
「ん?」
「おまえ忘れたのか? 俺たちは相棒、そしてこの物語は、情熱料理小説だ」
「はぁうん?」
「齧ってみたんだ、
省豆はやおら立ち上がり、さらに水蒸気を吐き出し、キッチンに歩いていく。
「腹減った。とにかくなにか食いたい。取材で全国を飛び回ったんでな、ついでに食材を集めておいた。お前は梅肉を取ったあとの梅干しの種をペンチでつぶせ!」
※ 材料
省豆が全国から集めた海の幸、山の幸。
天神さん=仁=梅干しの種の中身。薄皮を取ったもの。
【厳重注意】生の梅の種にはアミグダリンが多量に含まれており、これが胃腸などで酵素によって加水分解されると猛毒であるシアン化水素を生成するので超絶危険。
梅干し(三年漬け以上を推奨します)に加工すると毒の影響はありません。
※ レシピ
パエリア鍋にオリーブ油を入れて香味野菜、トマトなどを炒める。
お好みの食材を入れ、さらに炒める。洗ってないお米を入れさらに炒める。
塩ををふって、お湯を注ぎ、サフランを加えて10分程度煮込む。
天神さんを投入。パエリア鍋ごとオーブンで10分程度加熱する。
※ 実食
私はルポライターだ。仕事に情熱と誇りを持っている。フリーのジャーナリストと比べて収入が安定しているとか、ゴミみたいな仕事を拾えるとか、そんな理由でこの仕事を選んだわけではない。ルポライターとジャーナリストの違いは前編でわかっていただけたと思う。
私は命がけで、客観的にありのままを、読者に伝える。それが使命だ。
うう~~~~~ん。かすかな苦みが独特っ。
今回は重めだけど、次回は軽くいこうね、多恵ちゃんっ!
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