第6話 天神さんのパエリア(下ごしらえ編)
私の名前は竹内宗。しがないルポライターだ。今、北海道のとある国道を車で走っている。雪はそれほど残ってない。路面は数キロ先まで灰色のアスファルトが続いていて、道のわきに広がる白い平原も、雪の深さはせいぜい15センチ程度だろう。
悪天候を予想して早めにたどりついてしまった。緊張が走る。
国道に左から垂直に突き刺さるコンクリートの一本道。地図で確認すると300mはあるだろう。周りはすべて原生林で覆われて、目的の場所に行くのにはこの道を曲がるしかない。
友人のジャーナリスト・
私たちは謂わば車の両輪。どちらが勝っても劣っても……まあこれくらいにして。
馴染みのキャップから、“
芝谷はその命を懸けた恣意的な見解で、虎の尾を踏んだのだった。相手はやくざか政治家か大金持ちか? 芝谷の最新の取材メモからたどり着いたのは得体のしれない北海道のとある田舎の洋館だった。
役所で調べるとそこの所有者は佐々木太兵衛87歳。元、北海道大学教授で、学究の徒。農地などの土の配合などの専門家で、おおよそ危険な人物だとは思われない。
……と言うより、氏は7年も前から植物状態であり、広尾の病院に入院している。
どうやら、やばい組織やカルト集団に拉致されたわけではないようだが、飛行機の予約とレンタカーの記録で、彼が消息を絶ったのはその場所でしかありえない。
300メートルは車ではあっという間だが、危機感は募るばかり。
木陰に遮られいるが監視カメラが無数に設置されている。おそらくナンバプレートは即座に調べられ、その所有者たる私の身元は洋館の主に報告されていることだろう。
館の前までゆくと、広大な円形の唯一の鉄の門がきしみをあげながら電動で開く。
どうやら初っ端で拒絶されはしなかったようだ。車を敷地内に滑らせる。
広大な原生林の中にぽっかり1000坪ほどの平地が広がっている。
奇異なのは、庭は二重の円で区切られている。説明するのは難しいが、京都風に庭の中に庭を作る構造。
本来、垣根は外界と敷地とを隔てるために設けられる……が、ここは違う。
原生林の境には垣根はなく、代わりに生息する木々を人工的に観賞用の植物に植え替えてある。そして垣根があり、そこを境にさらに優美な低木、草花が見事に配置されていた。
ふっ。思わず笑ってしまった。
ルポライター冥利に尽きる。これをつぶさに観察しその魅力を読者に伝えたならば半年は食っていける。北海道には雪が降る。単純にこの庭を維持するのにどれほどの経費が掛かるのか? 相手は容易ならざる相手。
ポケットの中のガムを取り出した。コーヒー味。
昔から緊張すると甘いものが欲しくなる。
寒さで固くなったそれを、ゆっくりと口の中で溶かしてゆく。
武器は携帯していない。ここからはでたとこ勝負。
さっきまでの青空は、気まぐれな女のように、濃い緑に変わっている。
冴えた空気は変わらない。私の決意も、変わることはなかった。
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