第2話 牡蠣のタンドリー

 思えば空しい人生だった。地元じゃ負け知らずだったこの俺が都会につまづいた。

 いやその前に……高校中退していきなり上京したのがまずかったのか。

 資格でもとってから行動すればよかったと。えーい! 後悔しても仕方ない。

 今、このときを一瞬一瞬を楽しめ。って感じで今まで生きてきたなら……えーい!


 エプロン姿の多恵ちゃんは、台所に立っているので顔は見えない。

 果たして多恵ちゃんが作る最初の料理はなんだろう?


 

 ※ 材料


 冷凍牡蠣(旬の時期にとれた肉厚のお値段の安いものを生協で買いましょう)


 自家製ヨーグルト(市販のものでもかまいません)


 カレー粉、オールスパイス、醤油、ナンプラー、板昆布少々。




 なるほど牡蠣か。さすが多恵ちゃん。余命宣告を受けて意気消沈の俺をまず元気にさせようと。いきなり高級食材じゃ胃が受け付けない。しかしなぜにヨーグルト? 

 体調を整えるには良いのだろけど、酸っぱいの苦手。正直に言うと牡蠣も生臭いのが苦手なんだよな。はっ! 牡蠣は海のミルク。そしてヨーグルトもミルク。 

 ミルクとミルクのぶつかり稽古か!




 ※ レシピ


 冷凍の牡蠣をヨーグルトにつけて冷蔵庫で解凍します。


 妄想なので味がしみこむのが想像できるよう2,3日放置しましょう。


 冷蔵庫の力を信じましょう。




 なるほど、今日が初日なのに3日前に用意していたなんて時をかける多恵ちゃん。

 料理番組でもよくありますよね。



 でも……うわ~でろでろですやん。

 だがその分、しっかり中まで漬かっている。

 牡蠣特有の臭みをヨーグルトの酸味が中和し、コクと旨味を加える……あら?

 一回洗っちゃうの? さっと洗って水けを切って、乾くまえにカレー粉をまぶす。

 


 あっ! ホットプレート? 独身には遠い存在、憧れのホットプレート。涙が。



 ふむふむ。

 ホットプレートに昆布を敷いて、その上に牡蠣を並べて、そうっと日本酒をコップ半分程度、昆布の厚みと平行になるようにしずか~~~に注ぐ。


 蒸すのね? 蒸しながら焼くのねっ! そうなんだね、多恵ちゃん!



 昆布を敷いて蒸し焼きにするのは料理本でも頻繁に出てくる方法なので間違いはない。しかもホットプレートの蓋は透明なので芯まで火が通ってぷっくりしてきたらOKなんだね。でも一応、焦げ付かないようにヨーグルトは先に取っておいたのか。


 

 ぱかっ。ありゃ、蓋とったら蒸気でメガネが曇った。でもこのアルコールの蒸発でさらに臭みを飛ばすんだね!



 


  ※ 実食



 ハフッハフゥハフ。熱い。熱くて噛むと牡蠣のミルキーが染みだすよ。臭みがないから旨味がダイレクトだよ。あ、でもやっぱ熱いよ。だから冷たいビールをごきゅっと、ぷはー最高。塩気が薄いのに熱さとカレーの風味で一口目はそれだけで大満足。


 醤油にナンプラーを垂らした付けダレにちょこんと付けて、今度は白飯。

 くぅ~~~。ナンプラーが魚介の臭みを思い出させるんだけど、塩気と旨味がそれを乗り越えてくるよ。困難な恋ほど燃えるように、臭みという障害は忘れちゃいけないんだね、多恵ちゃんっ!






 こうして俺の妄想は始まった。余命一か月なので酒も妄想することにする。

 健康に気を使う必要もないから、高級食材バチバチ食ってやる!



 でも今回はどこにもオールスパイスが出てこなかった。

 うっかりだね、多恵ちゃん。












 



 

 

 


 





 


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