第27話 ナイトクルーズ on カクテル



 妄想なのか夢なのか、境目がない。

 覚えているはずのない、遠い記憶。

 少女の名前も現在の明確な意識下では、それさえも曖昧で……



 船の揺れがヨットを思い起こさせたのか? 確かに今、俺は船上にいる。

 俺は独り、ナイトクルーズに来ていた。理由は巨大化したスーパーロボ多恵ちゃんがアパートを粉砕したからではない。男には一人の時間が必要。それは女性も同じ。

 俺が一人になりたいなら、彼女も一人になりたいはず。

 愛情は押し付けるものではない。

 求めているだけでは人の成長はありえないし、そんな人生は退屈だ。


 いや……俺はなにを言っているんだ? 相当に酔っている。

 覚えているはずのない幼い頃の夢も、意識の混濁もすべてはこのカクテルの所為せい





 ※ レシピ(船上バー、オリジナルカクテル・ナイトクルーズ)


 バイオレットリキュール(パルフェ・タムール)――――――20ml

 ジン(オールド・トム・ジン)――――――――――――――15ml

 アクアビット(リニエ)―――――――――――――――――15ml

 レモン・ジュース――――――――――――――――――――20ml

 パウダーシュガー1tsp (ティースプーン一杯)


 シェークしてグラスに注ぎ、トニックウォーターで割る。 


 【注意】鬱陶しいのでスライスレモンは入れない。




 ※ おつまみ


 サラダ春菊の煮切り醤油漬け(さっとからめるだけでOK)

 

 キャノンボールくらげの冷製(画像検索するとびっくりよ)


 ドライフィグ(乾燥無花果いちじく、イラン産)





 馴染みがない人も多いと思うがアクアビットはジャガイモから作られる強い酒で、製法はジンに極めて似ている。ジンに使う杜松ねずの代わりにキャラウェイ、フェンネル、アニスなどの香草で香り付けされる。

 語源は、ラテン語の aqua vitae (命の水)


 なかでもリニエは特別な存在。往時は帆船だった船の重心を下げる為、樽詰めした新酒を船底に満載し、で味を熟成させた故事にちなみその名がつけられた。

 リニエとは赤道を意味し、長い航海で何回赤道を超えたかでその価値は高まる。

(今は船で熟成させることはなくなったが、アクアビットでは珍しい樽熟成の印)

 船上で飲むにはこれ以上、ロマンチックな酒はないわけで、バーテンダーは快く、新しいレシピを考案してくれた。        ※リニエ=リニア



 それはそれは気持ちのいい夜の、はずだった。……なのに。



 なぜだか見知らぬ親父にからまれてしまった。やれ『トニックウォーターは違う』だとか『バーなのにつまみを注文しすぎ』だとか、どうやら余程、食い物や飲み物に拘りのある人物らしくバーテンに聞くとベアーズと言う名の外食チェーンのオーナー社長なのだそうだ。

 一緒に飲みに来たわけでもないのにうんざりする程おしゃべりは止まらず、挙句の果てはポーカーで勝負しようと言い出した。


 ポーカー(poker):心理戦を特徴とするトランプゲーム。



 数回やったがすべて俺が勝った。ルポライターはその顔つきやしぐさで相手の証言が誘導されぬよう常に気を使う。ポーカーフェイス (poker face)が日常なのだから、負けるはずがない。親父はさらに激昂した。

『これでラストだ』と、明言した最後の勝負でよほど良い手が入ったのだろう。急にレートをあげてきた。興奮で我を忘れている。それはありえない金額。


『勝負っ!』相手の手札はワイルドカード入り、エイトのファイブカード。



「残念だったな。こちらは ―――― ロイヤルストレート多恵ちゃんっ!!!」


 今回の勝負、ワイルドカードは一枚きり。つまり……純正のナチュラルロイヤル。





 いつだっては、俺に微笑む。

 










 

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